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act.1 その少女、悪辣

 一人の女子生徒の姿を目で追っている。

 その姿に惹かれているとかはない。

 はっきり言って、その姿があまりにも滑稽で無様だから。

 彼女が演劇部にいなくて、良かったと思う。

 彼女が同じ部活だったら、あたしは耐えられなかっただろう。

 自分のことも分かっていなくて、見えていないそんな人物が舞台に立つなんて、例え部長が許可したとしても、あたしは認めない。

 

「ぼくと一緒に帰らないかい?」


 格好つけて言う彼女の顔は童顔であるし、雰囲気は凛々しかったりするわけでもない。また身長はたいして高くないのも合わせて、傍から見たら小さい子が背伸びをして頑張って大人びているというだけに過ぎない。

 しかも、それがとてもわざとらしい。

 彼女はもっと自分の姿を鏡で見た方がいい。

 手鏡でも貸してあげようかしら。

 前髪長めのショートボブなのは、顔が伴っているならば、それはとても王子様らしく見えるかもしれない。

 しかし、童顔だ。

 それにその大きな瞳も垂れ気味で、カッコよさよりも優しいとかの雰囲気がある。

 全体の雰囲気であれば、快活さや少年のような元気な感じといったほうが正確かもしれない。

  本人が認めるかどうかは関係ないが、そんな印象でしかない。

 だから、名前も知らないあの生徒が何をしてても、あたしの目には滑稽にしか映らない。

 そんな彼女を見て心の中で笑うのがしばらくの間、あたしの中で癒やしとなった。

 演劇部の半端な先輩たちの半端な演技は見るに耐えないものばかり。

 彼女たちには貪欲さがない。

 それもそうだ。

 この部活内では確実に主役が取れるほど演じる力はある。

 だけど、そこまで。

 もう一度言おう。

 この部活内では、確実に主役は取れる。

 けど、外に出たら、ない。

 そこに胡座をかいて、貪欲さがない。

 演じる力も、覚悟もない者たちを二度と舞台に立たせない迫力がない。

 おままごとがしたくて、あたしは演技の道に進んだわけじゃない。

 そんな先輩たちの姿にイライラしたとき、彼女の滑稽な姿を見る。

 大事なことだ。

 あんな馬鹿な人がいるんだな、と笑えるから。

 そんな彼女の姿を幾度見かけたことだろうか。

 彼女がどんな女性に憧れを持っているのか何となくは見えてきた。

 彼女の憧れているのはカッコいい女性。

 けど、そこにしっかりした像はない。

 何かを見て、真似て、なんとなしに作ったハリボテの像。

 だから、声も顔も雰囲気も伴わない。

 カッコいいと言うのにも、種類があることを彼女は知ったほうがいいというのに。

 例えば、男子のような雰囲気をしたボーイッシュな感じだったり、所作がしっかりとしていて凛としていたりとか、他を圧倒するような超絶的な雰囲気を出して背筋をピンと伸ばして何事も泰然としていたり等、目指すカッコよさというものにも種類があるはずなのに彼女の中にはそれが見えない。

 からかうつもりだけど、演るのであれば本気で。

 あたしは演技について妥協はしない主義である。

 空き教室に行って、靴を履き替える。

 上げ底のブーツを履けば彼女との身長差は明確になる。

 髪型もしっかりと整える。

 ボサボサの手入れしてませんみたいなダサい陰キャヘアにしっかりと櫛を入れる。

 顔がしっかりと出るようにして、アイロンでしっかりとストレートに伸ばしたあとに、毛先は軽くウェーブを作っておく。

 メイクはしっかりとしないと今回の目的が達成できない。

 特に目元は念入りに。

 アイシャドウをアイホール全体に乗せたあと、それよりもワントーン濃い色のアイシャドウを二重の幅で乗せていく。

 アイラインもしっかりと。

 目尻の跳ね具合に注意して、強くなりすぎない程度に調整する。

 それに、まつげも上げてブラックのマスカラで塗れば完成。

 他のメイクはナチュラルに見えるように仕上げていく。

 世の男性というのはすっぴんがいいとか言うらしいが、女性が男性の前にすっぴんで立つことなどない。

 もし、すっぴんでいたのだとしたら、それだけ気を許しているか、気がないかのどちらかだとあたしは思っている。

 スカートの丈を調整して、空き教室を出る前にしっかりと全身の状態を確認する。

 顔は特に念を入れて。

 メイクのおかしいところはないか、発色は大丈夫か、髪ははねているところはないかと一つ一つ確認して、教室を出た。

 校庭に向かいながら、彼女の姿を探す。

 今日は彼女がここを通る曜日だから、絶対にいるはず。

 少し探したけど、彼女を見つけたら、背を伸ばして、意識して雰囲気を変える。

 他に数人の女生徒と帰る彼女の後ろについたとき、声をかけた。


「もし」

「……ん?」


 突然声が聞こえたからか、彼女とその一行が振り返る。


「少し、あなた、そう……あなたと話したいのだけど時間はいいかしら?」

「ぼ、ぼく……?」


 戸惑いが隠せていない。

 王子様を演じたいのなら、そんなみっともない姿取ってはいけないというのに。

 周りの子たちから、「行ってきなよ、びじんちゃん」なんて言われて背中を押されていた。

 変わった名前だと思いながら、彼女を連れて、人の通りの少ない校舎横に向かう。

 背中には彼女の視線を感じる。

 どんな目であたしを見ているかは、さすがに目を見なくちゃわからないけど、視線だけはしっかりと分かる。

 自分に向けられる視線というのは案外気が付くもの。それにあたしはそう言う視線を向けられることが格段に多かったから。

 完全に校舎の影に入ったところで、振り返ると付いてきていた子がつんのめるようにして止まった。

 そう言えば、この人の名前知らなかったな。

 けど、確かお友達はこう呼んでいたな。


「びじんちゃん、でしたか?」


 あたしが同じように呼びかけるとサッと頬に朱が走る。


「ち、違うっ! ぼくの名前は漢字で書いたら、美人だけど、読みはみひと、だからっ!」


 みひと、書きは美人、と。


「失礼、名前を間違えてしまって」


 あたしが半歩壁際から離れて踏み出せば、彼女は律儀に壁際に回るように自然と後ずさった。


「いや、それは僕の友達がからかうつもりでそう呼んでいるから、それで勘違いするのも無理はないかもぉ……」


 彼女が話している間にあたしが一歩踏み出せば、距離を離そうとして下がるのだが、壁にぶち当たる。

 もう一歩近づけば、もう顔は目と鼻の先。

 左右に逃げるスペースもない。

 そのまま近づいて、片手は壁に手を付けて、もう片方の腕でみひとの顎を持ち上げた。


「あ、そ、ぼく……」

「誰彼構わずに粉をかけるのはやめなさい」


 彼女の言葉を遮り、あたしの言葉を通す。


「え……」

「ただのプレイボーイみたいに見えるわよ?」

「……」


 大きい目をしていると思ったが、それが一段と大きく開かれた。

 みひとの瞳に映る自分の姿を見て、今日のあたしはやっぱり完璧だ。

 少しのメイクに役に合わせた雰囲気作り、どれをとっても衰えていない。

 今はエチュード。

 相手は素人。

 セリフもリアクションもアドリブ。

 言葉に詰まりもなく、リアクションも自然に。

 あたしの実力に衰えなし。

 やはり、あたしはまだ天才子役と言われていた頃から何ひとつも劣化ない。

『綾女夢』は今だここに在り。

 それでは、このつまらない劇にも幕を下ろそう。


「あなたのカッコよさや美しさはそういうものたちなのかしら?」

「ち、ちが」

「答えは出ている、でしょう? 言わなくても分かっているわ」

 

 答えは必要としてない。

 なぜなら、あたしにとってはどうでもいいことだから。

 あたしが身を離そうとすると、みひとが口を開いた。


「あ、あの名前――――」


 あたしはそれ以上みひとが話す前に人差し指で口を制した。

 

「私を見つけられたら教えてあげるわ」


 それだけ伝えるとあたしはみひとに背を向けて、歩き出した。



 空き教室まで戻ってきて、扉を閉める。

 あたしは堪らず肩を震わせていた。


「…………はは」


 もう抑えきれない。

 ここまで来るのも大変だった。

 すれ違った人はいなかったが、いたら不機嫌な顔に見えたに違いない。


「あはははははっ! 何あの顔っ! あはははは、ひぃ〜っ! お腹痛いっ!」


 一番傑作はあのみひとの顔だ。

 恍惚とした表情なんて、王子様を目指すならしちゃいけない顔していた。

 それじゃあ、ただの恋する乙女でしかない。

 ああ、けどああいう目をした子他にもいたよね。

 ファンの子でもあたしをあんな目で見てきた子たち確かにいたわ。

 気持ち悪い。


「はははは、ははははははははははは!」


 笑いはいつまでも止まらない。

 久しぶりにこんなにも笑った。

 こんなに笑ったのはあの無能な記者をロリコンに仕立て上げて、破滅させた時だっただろうか。

 それとも母親と離れる時に演じた時以来か。

 まぁ、いい。

 しばらくたくさんこの楽しい気持ちを感じさせてもらおう。

 ただ、知っている。

 この楽しい気持ちが長続きしないことに。

 いつまでも響いていると思った笑い声も次第に萎んでいく。


「はははは……はは……はー……」


 胸に残るのはただの虚無。

 楽しかったことも全てなくなった。

 みひととかいう人をからかって何が楽しかったんだろう。

 あたしは一体何をしていたんだろう。

 残った虚しさは確かにあたしの心に穴を開ける。

 何もない。

 あたしには何もない。

 全部偽り。

 全て、この手の中から零れ落ちていく。

 あたしは何がしたいんだろう。

 誰も答えてはくれない。

 誰も教えてはくれない。

 答えはきっとどこかに落としてしまったのだから。

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