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エルダーが兵舎に入って手を振ると、彼らはエルダーの白いローブにいち早く気づいて手を挙げた。
カイが「今日は遅かったね」と一番に話しかけてくる。
「そうなの。お客様が来たらしくてね」
「――客?」
「……誰だ?」
「フツリ様は不在だぞ」
エルダーの一言にそれぞれが反応する。
ローブを脱ぐと、カイが慣れたように受け取った。エルダーは髪を簡単に結いながら彼らとともに頷く。
「そうよね。バンザ様も不在なのに、あの人はどなたなのかしら。沢山人を連れていたわ」
「どんな奴らだった?」
「武器は?」
「もしかして、全員髪を剃ってなかったか」
「どうしてわかるの?」
エルダーが驚いてみせると、彼らは口々に「あいつだ」と殺気立った。彼らが話すところによると、その男はこれまでもイトセをどうにかして手元に置こうとしてきたらしいが、どれもフツリに阻止された来たという。
そうしてこちらに対抗するように傭兵を雇うようになったそうだ。
「まあ……それは大変ね。どうするの?」
「なにもできないよ」
カイが俯く。
やはり、バンザはこの事態を想定して、彼らにキツく「排除しようとするな」と言い聞かせて出て行ったらしい。彼らが苛立ちながらも一切動こうとしないところを見れば、塔の中に腕の立つものがいることを知っているのだろう。ロムやスラーへの信頼もあるらしい。
エルダーは結った髪をくるりとまとめながらカイを見た。
「心配?」
「うん、そりゃあもう」
「大丈夫よ。彼ら武器を持っていなさそうだったもの」
「帰ったの見た?」
「いいえ」
無邪気を装って首を横に振る。
「イトセ様が庭にお通しして、もてなしているわ」
「え?!」
カイの反応と周りの反応は同じだ。相当驚いている。
エルダーはおかしくなった。言葉をそのまま素直に受け取ってくれるなんて、少しは信用してくれているのかもしれない。狸が無理矢理乗り込んだ、と思わないでくれて助かった。
「大丈夫よ。彼らは人数は多かったけど、本当に何も持っていなかったし――あ、洗濯はもう終わった?」
エルダーがけろりと言うと、カイはエルダーのローブを丁寧に持ったまま首を横に振る。
「そう。じゃあ、私が全てするわ。みんな、よかったら、久しぶりに真剣で練習でもしたらどう? 向こうの庭までいい音が響くかもしれないわよ」
「!」
カイの目がぱっと輝く。
察しがよくて何よりだ。エルダーはにっこりと笑う。
「怪我をしても大丈夫。私が全て治癒するから。ほら、好きに遊んでいらっしゃいな」
そう言うと、彼らはやる気に満ちた表情でわっと兵舎に戻り、武器を手に戻って広場に散らばった。一人を残して。
「カイは行かないの?」
「え? でも、ローブ持ってるから」
「その辺に置いといていいのに」
「駄目だよ!」
可愛らしくムッとしたカイの頬をつついてみると、今度は赤く染まる。エルダーはローブを丁寧に持つカイから受け取った。
「さあ行って。いい音をイトセ様まで響かせなきゃ。あの狸と安っぽい傭兵を怯えさせてきてよ、カイ」
エルダーが悪戯っぽく言えば、カイはようやく勝ち気な顔になり「洗濯全部しなくてもいいからね!」と溌剌と駆けだして行った。
凄まじい音が広場に響く。
剣と剣がぶつかる甲高い音は、一つや二つではない。
兵舎にいたほぼ全員が、剣を持って向き合っているのだ。広場で剣をあわせる彼らは、心なしか楽しそうだった。
今となっては、鍛錬ではなく「どれほどいい音が出るか」の工夫に熱意を燃やしている。
おかげで、広場の剣のぶつかる音は派手で、どこか争いでも起きているような華々しさがあった。
桶に手を突っ込んでシャツを洗うエルダーは、青空を見上げる。
城までは届かないことを祈ろう。
「――いっ!」
「悪い!」
広場のどこかから声が聞こえれば、エルダーは声をした方を見て、さっと心像を使って治癒を施す。気づいた彼らが手を振るので、泡だらけの手で振り返す。ここの全員の顔はもう覚えた。
エルダーは洗濯物を片づけながら、声が聞こえる度に広場を見て、手をかざして、彼らに手を振る。
青空に剣の音が響いて三十分ほどすると、兵舎の門をくぐってスラーとロムがやってきた。
そろそろ来る頃だろうと思って、カイを呼んで広場で遊ぶ人数を半分以下にしていて正解だった。
兵達に混じって洗濯をするエルダーをすぐに見つけたロムは、開口一番「なにやってんの」と言い出す。
「ねえロム、それ何度目かしら」
「いや、何度言わせる気?」
「ふふ」
エルダーは泡のついた手で額を拭う。ロムは訝しげな顔をしながら、額についた泡をさっと取ってくれた。
「洗濯って……本当にやってたの?」
「そうよ。ねえ?」
エルダーが呼び戻した兵達は、素直に頷く。
「彼女、洗濯うまいっすよ」
「助かってます」
「仕事が丁寧だよな」
「生真面目だもんね?」
「ありがとう」
エルダーがにこっと笑うと、彼らもにこっと笑う。
共犯者の笑みを見たロムは、洗濯に戻ったエルダーの頭を見下ろした。広場に行っていたスラーが、エルダーを見つけるとぎょっとしたように身を引く。
ロムは指をさす。
「ね、驚くよね」
「……なにしてんだ」
「洗濯だってさー」
「なんでだよ」
「知らない」
ロムがふるふると首を横に振る。
そして、髪を結って桶に手を突っ込んでいるエルダーに向かって言った。
「クソ親父、帰ったよ。どっかからけたたましい剣の音がしてきたから、武器を一つも持っていない用心棒が帰るように促したんだってさ」
「あらあ……そうなの」
ゆったりと驚くエルダーとともに、カイも、彼らも笑う。その様子にスラーは気味悪そうに目を細めたが、ロムは大きなため息を吐いた。
「イトセ様から伝言――ありがとう、エルダー、だってさ。君たち会ってるの?」




