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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
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 イトセが予期したように、翌朝、その一団はやって来た。


 フツリの塔には兵は置かれていないというのに、傭兵を連れた太った男は、彼らの中央で守られながら立っている。

 エルダーは呆れたようにそれを見下ろした。


「見つかるぞ」


 後ろから声をかけてきたのはアキレアだ。

 エルダーとその大臣が会わないようにと遣わされた見張りらしい。


「私、用事があるの。もういい?」

「あれがここから帰ったら好きにしていい」

「誰からの命令?」

「……」


 言えないのなら、ジードだろう。

 エルダーは窓からこっそりその一団を見下ろす。と、扉が開いて一人の少女が軽やかに出てきた。

 イトセだ。


「――いい子ね」


 エルダーは呟く。

 彼女は、昨夜話した通りに動いてくれるようだ。





 ――イトセ様……もし、その大臣等が来ることになったときは、イトセ様一人で出迎えたらいかがでしょう。こちら側は警戒などしていない、むしろ歓迎だと示して庭に通すのです。菓子やお茶を、つれているだろう用心棒にもたくさん振る舞って下さいませ。彼らが席に着いたら、あなたから沢山話しかければみんな喜びますよ。その後、あなたから殿下を紹介されたら大丈夫でしょう。向こうが顔を見たい、と言う前に、あなたが主導権を握って紹介して下さい。


 ――追い返さなくてもいいの?



 イトセはそう聞いてきた。きっと、フツリには「何かあれば追い返してかまわない」と言われていたのだろう。フツリがゼラやジードに信頼を置いているのもあるだろうし、使用人の中に紛れ込ませている腕の立つ者が対処すると密かに決まっているはずだ。

 そもそも、主が不在の場所に、本気で足を踏み入れようとする愚か者はいないだろうが。








「さて、粘れるかしら?」


 状況を見守っていると、太った男がイトセの手を握った。彼女にペコペコと頭を下げている様は、彼女の信奉者のようにも見える。


「――汚い手放せ」


 隣に来たアキレアが珍しく感情をむき出しの声で呟いた。エルダーがちらりと見ると、侮蔑の眼差しが冷たく振り下ろされている。


「アキレア、あの人のことを知ってるの?」

「薄汚い狸ジジイだ」

「ふうん。傭兵を連れているなんて、お金はありそうねえ。価値はあるじゃないの」


 エルダーがくすくすと笑うと、アキレアは不気味なものを見るようにエルダーを見た。


「世の中はお金よ。アキレア。血筋だけで生きていけるあなた達とは違うの」


 狸ジジイとやらは、イトセが前のめりに説得すると、だらしなく顔を綻ばせた「ふり」をした。どうやら本物の狸らしい。

 黙り込んだアキレアは、成り行きを見ていたが、ようやく様子が違うことに気づいたらしい。

 エルダーは笑う。


 狸と傭兵は、イトセによって無事庭に通された。


「!」


 アキレアが窓枠を強く掴む。


「ふふ。あの子、意外とやるわね」

「何を言った」


 アキレアに腕を捕まれる。

 エルダーはぐっと距離を詰めて、囁いた。


「怒らないで――あれが一番いい対応だって、本当はわかっているでしょう? 話に出たはずよ。フツリ様が却下なさったのね」

「……エルダー」

「塔の主がいないのに勝手に招くなど許されないのが普通だわ。けれど、招かざる客を通常通りに追い返せば、ここに不都合があると……この塔が敵に支配されているだなんて疑念を周りに与えかねない。逆に塔の中に招いてしまえば、主がいないのに招かれたのは、彼女が助けを求めたからだ、様子もおかしかった……なんて吹聴される――どちらにしても難癖を付けられてイトセ様をここから引き離せた上に、急襲されてもおかしくないわ。フツリ様が戻ってくるまで三日。ギリギリね?」

「……」

「では簡単。イトセ様が()にお連れする。そして、彼女が殿下を自ら紹介して、相手に心配無用だと言わせて帰らせる。これが一番よ。違う?」

「……」

「できないと思ったのね?」

「危険なことをさせられない」

「いいえ。違う」


 エルダーの腕を掴む力がゆるむ。


「彼女に()()を負わせたくない」

「まだ十五だぞ」

「殿下もそうよ」


 アキレアの声が詰まった。


「もう一度言うわね。血筋だけで生きていけるあなた達とは違うの。あの人もそう。自分が武器なのよ。ここに殿下の盾になるつもりで来たのなら、あの子にも覚悟を持ってもらわなければ」


 エルダーの目を見ていたアキレアの手が、完全に離れた。見たくないものを見るように目を逸らす。

 どれほど彼女が大切なのか――どれほど彼女が汚れなき聖女であるのか、その表情でわかった。



「安心して。彼女はそこにいるだけで相手を懐柔させられるわ。大丈夫。彼女には彼女の正しいやり方があるもの。私には私のやり方があるように」

「……エルダー?」

「アキレア、大人しくしているのよ。彼女はあの狸に殿下だけを紹介するから、何もしないようにね。まあ、しないだろうけど」


 エルダーはとんとんとアキレアの腕を叩くと、窓から離れた。


「エルダー!」

「なあに」

「……イトセ様と話をしているのか?」

「ええ。偶然会ってね。私たち、お友達なの」

「何をしている」

「いやだわ、警戒しないで。どうしてここに来た彼女が殿下とうまくいっているかわからない?」


 絶対に触れてはいけないところを教えてあるからだ。

 数時間の逢瀬じゃない。ほぼ一日、一緒にいる。ゼラの負担にならない振る舞いをエルダーが教えておいたのだ。

 簡単に言えば、黙っていること。会話が途切れても、席を立っても、決して追いかけず、追いつめない。

 彼女は健気なことにそれを守っているらしい。


「エルダー」


 部屋を出ようとすると、アキレアに呼び止められる。


「……どこに行く」


 なぜ、そんなに憔悴した顔をするのかわからない。

 いいや。

 本当はわかる。

 哀れむその顔に向かって、エルダーは美しく微笑んだ。




「洗濯に行くのよ」


 


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