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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
91/136

91:反旗


 

「――エルダーちゃん、いつになったらおとなしくしてくれるわけ?」


 兵舎への門をくぐりながらロムが恨みがましく呟く。

 

「だって、ロムが心配だもの」


 そう言うと、ロムから睨まれた。スラーは「何も聞いてないし、参加するつもりもない」と書いた顔でスタスタと隣を歩いている。


「心配って……心配ってさあ」

「バンザ様とまた手合わせでもしてあちこち折られたら、どうするの?」

「いやいや、君の方が酷いし。あの人、あの時手加減してたからね」

「まあ、お優しい」


 懐いてしまったのね、という嫌味が伝わったらしく、ロムがため息を吐く。フツリは苦手らしいが、バンザのことは好ましく思っているらしい。めずらしくスラーも同じようだった。


「……さすがね、フツリ様は」

「どういう意味?」

「なんでもないわ。独り言よ」


 どこに誰を置き、誰と誰を引き合わせるかを、あの次期女王はよくわかっている。厄介なのは「誰」なのかわかっているのだ。

 レカやフェーネが自由に動けるのは、彼女にとっては「優先的に支配下に置かなければならない」わけではないからだろう。


 最悪、処分を言い渡せる相手だと思われている。

 死んでも構わない駒だ、と。


 間違いはないが、間違っている。


「ふふ……ここでは呪与士は医師みたいなものだものね」

「怖いから独り言やめて」

「ああ、ごめんなさい」


 門をくぐり、いつものようにロムとスラーは彼らに溶け込んでいった。もうお客様の扱いではない。ロムに至っては、バンザの利き腕を容易く折ったせいか、一種の英雄のようにもてはやされていた。ロムに手合わせを頼む者も多い。彼らを傷つけないように細心の注意を払っているところを見れば、エルダーには好機を与えないというロムの意地が嫌でも伝わってきた。

 スラーは気の合う者と淡々と剣を打ち込んでいる。


 ふと、エルダーはいつも声をかけてくる男がいないことに気づいた。


 バンザがいない。


 きょろきょろと見渡していると、兵舎から出てこちらに走ってきたカイが教えてくれた。

 どうやらバンザは不在らしい。

 それも、一週間ほど帰ってこないと言う。


 エルダーが折れた腕の治癒がうまく行かなかったのかと謝罪をすると、カイは「そうじゃない」と力一杯首を横に振って、さらに教えてくれた。


 フツリとバンザは、イノンと他の使者と共にグレフィリアに入ることが決まったのだ、と。




「どう思う?」


 エルダーはスラーに聞いた。

 ロムは依然取っ組み合いのようなものを続けているが、スラー達は休憩に入ったらしく、兵はどこかへ行き、スラーはその場で座り込んでいた。エルダーも隣にしゃがみ込む。

 スラーは訝しげにエルダーを見て、ずれたメガネのフレームを押し上げた。無視を決めているらしいので、そのまま話しかける。


「フツリ様とバンザ様は無事に帰ってこられるかしら」

「……小さい声で話せよ」

「誰にも聞かれていないわ」

「……無事だろ。アレがついてる」

「イノンね。確かに彼なら大丈夫でしょうけど――あら、大変。私たちの方が無事で済むかわからないわね」


 エルダーがぼんやりと言うと、スラーがぎょっとした。


「もしかして、フツリ様は最初から呼ばれていたんじゃないかしら。和平交渉のいい機会だし……でもそれを断っていたのなら、理由は一つよね?」

「……俺たちを見張れなくなるからだろ」

「私たちを排除したい人たちを見張れなくなるからじゃないの?」

「……」

「フツリ様が不在の時に私たちが暴れたから仕方なく、って寸劇でここに急襲される可能性もあるわよ? ジードは何か言ってなかった?」

「知らねえ」

「なるほど、対策済みね。どうするの?」


 エルダーはスラーの顔をのぞき込む。

 胡散臭いものを見るような目が、非難がましく細くなる。


「寄るな」

「いやよ。教えてくれないのならこのまま頬を擦り寄せようかしら。唇でも良いけど」

「客人を招く」


 早かった。スラーは身じろぐようにしてエルダーから少し距離を取る。どうやら彼も、高いところからここを見ている存在を知っているらしい。


「客人はどなた?」

「わかるだろ」

「――イトセ様を?」

「婚約も成立した」


 スラーはそう言うと、立ち上がった。


「明日から王女殿下はこちら預かりになる。俺たちの盾になってくれるらしい」

「……そう」


 エルダーもゆっくりと立ち上がった。


「ジードから伝言はあるかしら?」

「いや」


 気まずそうに目を逸らしたスラーを見れば、ゼラの周囲ではエルダーの名前さえ出さなくなっているのがわかる。


「そう。わかった。じゃあ、あなたにもお願いがあるの」

「は?」

「怪我をして。怪しまれない程度に」

「……まさか」


 いつかのロムの傷のことを察したらしいスラーは、わかりやすいほどにエルダーに軽蔑した眼差しを寄越す。見れば見るほど、彼は「まとも」だ。


「相手に傷を負わせてくれても良いわ。できればそっちの方がいいのだけど。お願い」


 エルダーはにこやかに伝える。


「王女殿下ではなく彼らを盾にするから、任せてちょうだい」





     ○





 彼らはエルダーの背負う「No.19」の刺繍を、時折興味深そうに見る。人に番号をつけることが信じられないのだろう。

 グレフィリアでは神聖視されていたこの力は、オーディルーではまた少し違う。


「あの」


 エルダーは呼ばれ、振り返る。

 腕を切った青年がそこにいた。


 エルダーは穏やかな笑顔で、その腕をそうっと包んで治癒を施す。


 バンザがオーディルーを出て三日。


 エルダーは自由に彼らを治癒できるようになっていた。





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