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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
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 あまりにも鮮やな動きに、何が起こったのかわからなかった。

 ただ、骨の折れる鈍い音は、聞こえるはずもないエルダーの場所まで聞こた気がする。肘があり得ない方向に曲がっていた。


 バンザが目を見開く。

 歪な大きな笑みを浮かべた次の瞬間には、左手の拳がロムの右わき腹にしっかりと入っていた。


 その衝撃に、周りで見ていた兵が顔を青くする。


 が、ロムはわき腹に入った腕にも手を伸ばし、また折ろうとした。バンザが直前にさっと引き抜き、距離を取る。



「驚いた。立てるのか」



 バンザが心底嬉しそうにロムを見る。

 右わき腹を押さえたロムは、涼しい顔で「痛いですけど」と答える。


「おかしいなあ。吹っ飛ばしたつもりだったんだが」

「身体が強いんです」

「――そんなわけないでしょう」


 エルダーが言うと、二人は驚いたように近くに立つエルダーを見た。

 バンザの腕が折れたときから近づいていたが、全く気づいていなかったらしい。エルダーは呆れた目でロムを見る。


「ひどい状態よ、ロム」

「えー、大丈夫だよ?」

「黙って。その状態で殿下のところには返せないわ」


 バンザが「やっちまった」と言いながら、折れた腕を正しい方向へ戻す。涼しい顔をしてやってのけるその剛胆さに、エルダーは更に呆れた。

 二人に向かって手をかざす。


「失礼。じっとしてて」

「あ、こら」


 バンザがエルダーを止めようとしたが、止まるわけがない。絶好のチャンスは無駄にしない。


 髪が大きくうねり、輝きが増す。


 ロムのぼろぼろの右わき腹を優先的に修復しながら、綺麗に折れたバンザの腕も治癒する。


 唐突に頭が痛んだ。

 エルダーはそれを顔に出さないまま、初めて使うときのように丁寧に続ける。ロムの傷が深すぎる。よくあれで立っていられるものだ。身体が強いと言うよりは、精神が強いのかもしれない――それか、殴られ慣れている。おそらく小さな頃から。


 頭痛のせいか、意識が二つに別れて、その一つが暗い階段を下りていく感覚に襲われる。まるで閉じこめられた地下に続く階段のようなそれの終点を感じ、エルダーは察した。


 ()()()()()


 フェーネの言うそれが、エルダーをじっと遠くから見つめている気配がする。

 


 ――行き止まりに行くと、恐怖を感じるんです。個が薄くなっていって、ここではないどこかと繋がる感覚がする。そこを越えるだけで、枯れますよ。死ねるんです――



 ああ、これが。


 フェーネは「これ以上は駄目だと感じるところ」と言っていたが、エルダーは何も感じない。何となく、お互いが目を合わせて機嫌を窺っている、という感覚に近い。


 なぜだろう。

 

 ――使える。


 そう思った時だった。



「エルダー」



 背中をそっと撫でられる。

 意識の中にあった地下の階段が急速に小さく萎んでいった。行き止まりから引き離される。


 戻ってきた。



「楽しそうなことをしていますね」

「……フェーネ」


 隣に並んだフェーネが許しを与えるような笑みで頷く。


「あなたはあちらの方を」


 バンザを指さしたフェーネは、さっとロムの治癒を終わらせてしまった。桁外れに早い。ロムも驚いたように、自分の身体を見下ろしている。


 エルダーは隣に囁く。


「余計なことを」

「失礼ですね。あなたを助けたんですよ?」

「あの状態なら、ここにいる全員を治癒できたわ。チャンスだった」

「でも、死にますよ」


 エルダーはフェーネを睨み、バンザの元へ行く。


「バンザ様。腕を」

「これ以上は駄目だ。俺、一応ここの管理任されてんだぞ?」

「だからでしょう。兵の管理者が敵国の護衛から腕を折られた格好でうろうろするおつもりですか? ああ、そうでしたの。軋轢の種を自ら蒔いてまわりたい、と」

「違う違う」

「なら黙って」


 エルダーはバンザの腕に触れると、有り余る心像(イメージ)を思いっきり使い、一瞬で治癒を終えた。

 バンザが驚いたように「治癒ってのはすごいな」とこぼす。


「……呪与士に助けていただいたことはなかったのですか?」

「ない。彼らは俺たちのような相手にはよっぽどの怪我でなければしない。病を見る医者のような役目だしなあ。彼らの力はそもそも民のためにある」

「ご立派ですこと」


 嫌味を受け取ったバンザは、エルダーが治癒した腕を擦る。

 彼のような男にとっては、あるはずの痛みがないのは奇妙な心地らしい。感動しているのとは違うような、子供が新しい発見をして観察しているような無邪気さがあった。

 彼は強い。

 呪与士に助けられたことがないほど。

 

 厄介だが、一度干渉できたことは大きな収穫だ。オーディルーを出るときにこの男に止められるようなことがあっても、どうにかできるだろう。

 ロムに感謝しなければ。



「それにしても、お前やるなあ」


 バンザがロムを見る。

 ロムはにこりと涼しい顔で笑った。


「いいえ。手加減いただけたおかげです」

「教育が行き届いている。さすがだ」


 バンザが感心したように何度も頷く。


「グレフィリアは色々と厳しいと聞いたが、所作も美しい」

「お褒めに与り光栄です」

「ロム」


 バンザが手で呼ぶと、ロムは訝しげな顔をしながらも近づいた。その頭に、バンザの手が乗る。


「……なんですか、これは」


 頭を撫でられているロムが睨んで尋ねれば、バンザは豪快に笑った。


「褒めてるんだよ。ここのやり方だ」

「……はあ」


 可愛らしいやり取りを眺めていると、隣にスッと白い蝶がやってきた。


「まだ怒っていますか? エルダー」

「邪魔してくれたわね」


 フェーネをわざと優しく見つめると、フェーネは同じように笑んだ。



「あなたを守るのが仕事なので――殿下はいつも心配していらっしゃいますよ」



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