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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
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 最初は遠巻きにエルダーを見ていた兵達も、通い始めて一ヶ月もすれば親しげに話しかけてくる者も現れた。

 それでもややエルダーに対してぎこちないのは、そばにいつもバンザが立っているからだろう。


「そろそろ離れてくれません?」


 エルダーが隣に座るバンザに言う。

 バンザは鼻で笑った。


「無理無理」

「あら、どうしてです」

「君が一番理由を知ってると思うけどねえ?」

「さっぱりわかりません」

「殿下はずいぶん彼女と仲良くなったそうだぞ」


 どちらの「殿下」と「彼女」なのかは聞かずともわかる。

 最近の彼らの日課は見張り台に立って、将来二人が住むことになるだろう町外れの丘を眺めることらしい。その向こうに海があって、二人は何も喋らずに過ごすこともあるのだという。


 エルダーは時折会うイノンに二人の様子を聞いていた。

 それを話すイノンの顔は穏やかで、二人が良い関係を築いていることが見て取れた。ジードがあれから一切エルダーに会おうとしないのも、そういうことなのだろう。



「フツリ様は、お元気ですか?」


 バンザの探りを適当に流して、エルダーは別の話を振る。律儀なことに、彼はそれにつき合ってくれた。


「ああ、君のお母様は疲れてはいるが元気だ。むしろ休んでくれなくて周囲は困っているらしい」

「あなたがお側に行って、休むように言えばいかがです?」

「うーん」


 バンザは苦笑して唸った。


「あなたが近づくのをよく思わない方達がいるのね。お可哀想に」

「まあ、どこも城の内側は色々あるんだろうよ。俺は知らない」

「一度でも関わって大変な思いをしたことがありました?」

「まあなあ」


 バンザではなく、フツリが、らしい。

 奇妙なことに、エルダーはバンザが嫌いではなかった。彼がフツリを想っているその感情は、どこか自分のなれの果てに思えたのだ。


「お母様がお忙しいのは、グレフィリアのせいですか?」

「そう。知ってたか? そちらの第二王子が結婚するそうだ」

「……まあ」


 とうとうか。

 エルダーは驚きを隠さずに、バンザの話を待つ。


「相手は――なんて言ってたかな。婚約者の、どこぞの令嬢らしい。お育ちの良いお嬢さんらしくてなあ、王を差し置いて先に結婚することを許されたらしい。なんでだ?」


 どうやらバンザは本当に城から距離を置いているらしい。聞かされていない話も多いのだろう。しかし、城の者は知らない話を、彼はフツリから直接聞かされている。

 だからエルダーから離れない。


 エルダーは「さあ」と首を傾げた。


「わかりませんが、それが何らかの利になるのでしょう」

「……祝いの使いをこちらから出すことになるらしい」

「殿下を?」

「いや。さすがに敵国(オーディルー)に降伏した張本人は戻せない。こちらの人間に加えて、彼の治癒士を向かわせようと調整しているんだと」

「イノンね」


 なるほど、それが一番無難だろう。

 治癒士を向かわせれば、グレフィリアは手を出すことはできない。


「そのイノンとやらは大丈夫か?」

「お母様が心配していらっしゃるの?」

「よくわからない男らしいな」

「私は信頼しています」


 エルダーはきっぱりと言い切った。

 順位は中間に位置するイノンだが、実力だけで言えばあのNo.6よりも上だったはずだ。ただ、目立つのが嫌いという理由でかなりセーブして隠れている。何かあっても一人で切り抜けられる上に、向こうには戦地でイノンが助けたNo.8もいる。

 グレフィリアには味方がいる。

 オーディルーの使者としては適任だ。


「彼が適任ですよ」

「わかった。じゃあ、心配いらないな」

「ふふ。私がそう言っていたと知ったら、逆に疑われそうですけど」

「それはないな」


 バンザがにやりと笑う。


「俺と君が会っていることは言っていない。知られることはないぞ?」


 その手には乗らない、と笑うバンザは、広場で休憩をはじめた兵を見た。目を細める。

 ようやくエルダーのそばにいることに退屈してくれたらしい。


「行ってきたらどうですか?」

「ん?」

「ずっと気にしていらっしゃるでしょう」

「俺がここにいるだけで志気は下がらないよ」

「気は抜けているようですが?」

「若い女に夢中な俺に呆れてるんだろうなあ」

「では気合いでも入れてきたらいかがです?」


 エルダーはにこりともせずに、広場を指さした。


「バンザ様が今行ったら、きっと面白いわ」

「……面白い、か」


 よく笑う男だ。

 バンザは「そうだな」と言うと、音を立てないように立ち上がった。エルダーの頭をぽんと叩く。


「いい子にしていろよ」

「失礼ですね、私はいつもでいい子だわ」


 鼻で笑ったバンザは、まるで忍び寄るように広場へと向かった。


 エルダーはその背中を見送る。

 さて、次は誰が怪我をしてくれるのだろう。


 



 バンザが、ゆるみきった兵を容赦なく地に投げ捨てていく。熱くなってきた彼らは、一対一の手合わせをやめて数人掛かりでバンザに向かっていた。

 剣も抜かずに素手で相手をしている猛者を、誰かが傷つけてくれないだろうかと待つが、そんなことは起きそうにない。


 暇だわ、と呟くエルダーの退屈を吹き飛ばしたのは、意外なことにロムだった。


 最初はそのことに気づかなかった。

 バンザに向かっていく兵にロムが紛れていたらしく、隙を狙って目立たない打撃を与え、それにバンザが反撃する頃にはあっという間に自分の盾を用意していた。

 ロムの代わりに地面に沈められた彼らは、しばらくしてその異様さに気づいたらしく、じわじわと二人から離れはじめた。

 気づけば、ロムとバンザだけになっている。


 ロムが笑う。


 距離を保っていたのは数秒で、どちらからともなく踏み込んだ瞬間、互いの顔に拳を叩きつける動作に変わっていた。


 バンザは避けない。


 それをわかっていたように、ロムは恐ろしく身軽に距離を詰め、バンザの右腕に抱きつくようにしがみついたかと思うと、その太い腕を木の枝のように簡単に折ったのだった。


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