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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
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 治癒に名乗りを上げたエルダーを、ロムは驚いたように見上げた。察したのだろう。


「なあに、ロム」


 エルダーは優しく微笑む。


「痛いことはしないわよ」

「……エルダーちゃん」

「わかってる。早くするから、傷を見せて? あなたの傷を綺麗に治したいの」


 ロムは痛みに苦しむように顔を歪めたが、それはエルダーに対する「やってくれたな」という非難だった。


 剣は実際には掠るほどしか当たっていない。エルダーが心像(イメージ)を使ってタイミング良く傷を大きく広げたせいで、派手に血が出ているだけだ。

 ロム自信も感覚よりも傷が大きかったことに余程驚いたのだろう。座り込むほどは思わず呆れてしまったが、もしかして痛かったのだろうか。

 エルダーは膝をつく。

 

「ごめんね、ロム。触った方が早いから、触るわ」

「……本当っに、君のせいだから早くして」

「怪我をしたのは自分の責任よ」


 冷静であれば避けれていた。

 掠りもしない場合は、エルダーも手を出す気はなかったのだから「怪我」をしたのはロムの責任で間違いはない。

 ロムは「うっわー」とぼそりとこぼしたが、エルダーの言いたいことは伝わったらしく、それ以上は何も言わなかった。


 エルダーはそっと傷に触れる。

 人の体温のそれは、滲む傷口からゆっくりと流れていた。

 目を閉じる。

 


「待て」


 バンザが鋭い声で止めた。

 エルダーは目を伏せたまま、微笑むように口を開く。


「――ああ、申し訳ありません。気づかず、失礼をしました。こちらには呪与士の方がいらっしゃるのに、勝手に治癒をするのは場を荒らす行為でしたね。呪与士の方を呼んでくださいますか?」

「ここにはいない」

 

 バンザがハッキリと言う。


 そうだろうと思ってた。

 エルダーは焦ったような表情で顔を上げる。


「では、ロムをこのままにして置けと?」

「ここには怪我の手当をする医者がいる。早く医務室へ」

「どう説明なさるおつもりですか?」


 見下ろすバンザへ尋ねる。


「医者に、怪我の理由をなんて説明なさるの? ロムの怪我はあなたの部下の粗相であるとわかったら、どこまでそれが伝わるのかしら」

「……ほう?」

「これ以上血痕を大きくしたくないのはそちらも同じでしょう? フツリ様がいつお戻りになるかわからないもの。こちらのロムのせいであなた様に不利になるようなことにはしたくありません」

「……」

「今、私が治癒を致します。お願いです、バンザ様。ロムの苦痛を少しでも早く取り除きたいの」


 悲痛な声で言うエルダーを見て、バンザは薄く笑った。

 一歩後退する。固唾をのんで見守っていた兵達も、同じように離れた。


「ありがとうございます」


 ほっと表情を綻ばせたエルダーに、視線が集まった。

 ああ、よかった。

 ここに来るまでに、ずっと心像(イメージ)を使えるように頭の中の回路を抜けてきた甲斐がある。後は使うだけだ。


 エルダーはそっと息を詰める。

 銀色の長い髪が、ゆらりとうねる。


 もう少し――


 今度は、髪が星屑を散りばめたように煌めきはじめた。同時に、うっすらと花の芳香が漂う。


 周囲の反応が手に取るようにわかる。

 

 

 エルダーは祈るようにロムの傷に触れ、あっという間に傷を塞いだ。


 兵達が一様に安堵の息を漏らす。

 エルダーにとっては、心像(イメージ)を使えるようにする方がよっぽど難しい。そもそも傷を広げたのはエルダー自身なので、それを塞いだだけで何も難しいことではない。


 手を離すと、ロムが自分の腕を見て塞がっている部分を撫でた。そうして囁く。


「……気合いある演出は終わったわけ?」

「ふふ。どうだった?」

「綺麗だったよ。おとなしくしてあげたことに感謝してくれない?」

「ありがとう、ロム」


 心から感謝を伝えれば、ロムは納得はしていないが察している顔で、血に濡れた手を拭った。エルダーの行動の理由はどこにあるのか知っているのだ。

 信頼されている。それがなぜか痛かった。



「――終わったか?」


 

 バンザの声にエルダーは大きく頷く。


「はい。ご配慮いただき、ありがとうございます」

「……ありがとうございます、ご迷惑をおかけしました。今後はこちらには近づかないようにしますので、お許しいただけますでしょうか」


 頭を下げた彼に続き、エルダーも頭を下げる。

 ロムに先手を打たれてしまった。エルダーを再びここに連れては来ないと宣言されてしまい、どうしようかしら、と考える。

 しかし、バンザは意外にも朗らかに笑って二人に顔を上げるように促した。


「いいから、いいから。許すも許さないもない。責任の有無など無意味だろう。もう誰も怪我をしていないんだから」

「はい、ですが」

「いきなり来なくなったら、それこそ怪しいぞ?」


 バンザが目の前でしゃがむ。

 ロムは身じろぎもせずに、バンザの圧を受けながらも表情を崩さなかった。それどころか、謝罪を口にしていたとは思えないほど涼しい目つきになっていく。


「お前、中々根性があるなあ」

「……」

「うん、無駄なことを言わないところも気に入った。さすがグレフィアのあの王子が連れていることだけはある」


 バンザは顎に触れながら、ゆっくりと立ち上がる。


「ここじゃあ、怪我をして互いに信頼し合っていくもんだ。あいつのためにも、来てやってくれ。頼む」


 バンザはロムを傷つけた兵に目配せする。彼は焦ったように大きく頷いた。


 本当に、フツリのやり方によく似ている。


 ロムは頷く以外の選択肢を持たせてもらえなかったのだ。



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