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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
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 バンザに話したのは当たり障りのないことだったが、彼はそれを承知の上で適度な相づちを打ちながら聞いていた。

 先にエルダーが顔を晒していたことで、概ね満足していたのあろう。


「ふうん、そうか。地下から」


 バンザがほんの少し険しい声で言う。

 エルダーは穏やかに笑んだ。


「生き残れて幸運でした」

「グレフィリアはそんなことまでしてたのか」

「こことは違う国ですので」

「……ああ、うん」


 考え込むような声が、わかりやすい同情ではないことに彼の思慮深さを感じる。


 本当に、フツリによく似ている。

 エルダーは男の横顔をそっと盗み見た。

 刻まれた皺、綺麗に整えられた少し色褪せた髪。彼の方がフツリより年上のように見える。

 だとすれば、フツリが彼を真似たのかもしれない。

 油断ならない男であることは間違いない。


「ん? どうかしたか?」

「いえ。素敵な方だと思いまして」

「まさか、口説かれてる?」

「ええ」


 冗談と受け取られたらしく、バンザは胸に手を当てて「晩年の思い出にとっておくよ」と恭しく辞退した。


「残念です」

「年の差がね」

「私は気にしませんよ」

「俺が気にするよ。君のことだ。きっと素敵な人がいるんだろう?」


 アキレアのことなのか、それとも他の誰かのことを探っているのか、バンザは言う。


「それとも、素敵な人()かな?」

「バンザ様がお相手してくれるなら、他の誰も目に入らなくなるのですが」

「……うーん、こりゃすごい」


 苦笑する男は、顎に手を当てて「なるほどなあ」と自嘲気味に笑った。


「あの方が苦労するはずだ」

「お母様の話かしら」

「ぶっ」


 吹き出すバンザは、無言で腹を抱えた。笑ってはならないらしく、息を殺して肩を震わせる。

 どうやら、フツリは彼と緊密にやり取りをしているらしい。


「苦労をかけて申し訳ない、と娘が言っていたとお伝えくださいませ」


 追撃を打ってみると、バンザは小さく笑い声を漏らして更におかしそうに笑った。


「あら、いやだ。起きてください、バンザ様。皆がこっちを見ています。私があなたの腹部を刺したようにでも見えているみたいだわ」

「……、だめだ、これ以上笑わせないでく、れ」

「もう、仕方のない方ね」


 エルダーはこちらをものすごい顔で見ているロムに向かってひらりと手を振る。大丈夫よ、と伝えたつもりだが、伝わっていないらしく、スラーまでもが凄い形相で睨んでいた。


「バンザ様」

「わかった、わかった」


 強めに呼ぶと、バンザは身を起こして、こちらを何事かと見ている兵達に手を振った。

 エルダーには無反応だった彼らは、バンザの合図には一様にほっと胸をなで下ろす。


「慕われていますね」

「一応上司だしなあ」


 そんな言葉で包んで返してきたが、どう考えてもこの男が心から慕われているのは一目瞭然だった。ここはなんて健全なのだろう。健全すぎて、吐き気がしてくる。


 エルダーは穏やかな顔でバンザと他愛ない会話のやり取りをしながら、広場の兵とロムを眺める。

スラーは的確に手加減をして打ち込んでいるが、ロムは少し熱中しはじめているように見えた。


「――で、和平の締結に向けて本格的に詰め始めたからなあ……しばらくフツリ様は君の相手はできそうにないぞ」

「それは寂しいわ。あなたの娘が心配していました、とお伝えください」

「おう、会えたらな。そちらの王子のおかげで、本当に忙しいらしい。聞け、あの新国王は、弟が心配だ心配だと何度も手紙を送ってくるそうだぞ」

「あらまあ」

「弟の意志を無駄にしないために、停戦したい、だと。なあんか、よくわからん王だなあ?」


 探りたいのだろう。

 けれど、エルダーは「本当ですねえ」と同じ調子で返しておいた。答えを期待していなかったバンザは紳士らしく微笑む。


 その時、広場から「あ!」という短い叫び声が上がった。ざわりとさざ波のような動揺が走り、ロムがいた場所が兵士達に囲まれる。


 すぐさま駆け寄るエルダーの後ろから「おい」と呼び止める声がするが、止まるわけがない。

 兵士達をかき分けると、その真ん中には流血する腕を押さえて座り込むロムがいた。


「……なにしてるのよ」


 思わずエルダーが呆れると、ロムはむっとしたように振り返る。


「うわ。うわー。君のせいだけど」

「あ、違うんです!」


 ロムの相手をしていた青年が真っ青になって剣を落とした。血が付いている。


「すみません!」

「……あー、いや、こっちが悪いから気にしないで。約束をちっとも守らない彼女に苛つきすぎて」

「いやね、いい子にしてるわよ」

「どこが?!」

「どこをどうみてもそうでしょう。怪我をしたのは自分の責任よ。苛ついて熱が入ったロムの剣をきちんと捌こうとしたら、こうなって普通だわ。気にしないでね」

 

 エルダーは青年を落ち着かせるように微笑む。

 彼は青い顔を赤くして、しどろもどろになりながら「いえ、でも、あの、お気遣いは、はい、感謝します」と礼儀正しく答えてくれた。

 エルダーはそれをにこやかに受け取り、後ろを向く。


「ということなので、お咎めはなさらないでくださいますか? こちらのロムが全面的に悪いので」

「はいはい、わかったよ」


 バンザが頭を掻きながらあっさりと頷く。周りがほんの少しざわめいた。本来は厳しい人らしい。


「俺の監督不行き届きだしな。熱が入り始めたのは見ててわかってたのに止めなかった。君とのお喋りが楽しすぎて。俺も年だわ。若い女に弱いらしい」

「嬉しいわ、バンザ様。けれど、こちらの責任はこちらが負います」


 エルダーはロムの腕を強く握って言った。



「私が治癒するわ」




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