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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
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「あれ。ロム、それ誰?」

「気にしなくて良いよ」

「いや、気にするって――え? なに?」


 ずいっと前に来た青年の肩を、もう一人が押さえて耳元で何かを囁く。すると、彼は「これが治癒士?」と思いっきり声に出した。すぐさま頭を叩かれる。


「いたっ」

「はいはい、行こう。あれは気にしないで。見学だけだから」

 

 ロムが親しげに彼らに話しかける。ついでに、エルダーには「絶対に喋らないでね」と念を押して、こちらをしげしげと見る彼らの肩に手を置いて追い出していった。

 スラーがエルダーの横を通り過ぎる。


「……顔、絶対に出すなよ」

 

 小言をくれたスラーにひらりと手を振ってロムとの約束を守っている素振りをすれば、怪訝な顔を向けられた。


 二人を見送り、そのまま近くの花壇に座る。



 背の低い兵舎は、丸い広場をそれを囲むように立っている。

 洗濯物がはためいているその光景は「平和」としか言いようがない。


 ――ありえない。無理。嫌だ。ついてこないで。


 兵舎へ連れて行って、と言って本当についてきたエルダーに、ロムは言える言葉は全て言って拒絶したが、最後まで実力行使には出なかった。スラーに至っては迷惑そうにするだけで口を挟むこともなかった。

 きっと、塔を出る前に誰かに捕まって、その誰かがエルダーを追い返してくれるとでも思っていたのだろう。けれど誰にも会うことはなく、常に開け放たれている兵舎の門のおかげですんなり通ることができた。ずいぶん残念そうな二人が引き返そうとしたところで、声をかけられたのだ。


 あの空気を読まない青年には、感謝しておかなければ。


 エルダーはロムとオーディルーの兵士が無邪気に遊んでいる様子を眺める。

 剣を取り、互いに手加減しながら打ち込んでいるそれは「敵国の王子の護衛」としての扱いではない。ロムがそう振る舞っているだけではなく、ここの兵が気安いのだ。

 最初にオーディルーの敷地に入ったときにも感じたが、やはりここは違う。

 グレフィリアとは、違う。



「お嬢さん、何をしているのかな?」



 不意に背後から声をかけられる。

 声に年輪があるのなら、それは深く、太く、そして経験値が圧倒的に格上であることが一目でわかる声だった。落ち着いた渋い声の主は、そのまま立ち去らずにエルダーの隣にすとんと座る。


「こんにちは、お嬢さん」


 エルダーは、今気づいたとばかりに隣を向く。

 フードをかぶったまま、ゆっくりと首を傾げてみた。


「そう、君のことだよ。俺はバンザ。ここの管理を任されている。君は?」


 美しい年の積み重ね方をしてきであろう壮年の男は、人を安心させる笑みを浮かべていた。

 既視感がある。


「フツリ様の護衛の方かしら」

「!」

「あら、いけない。口を開いてしまいました。彼との約束なので、もう黙りますね」


 そう言って、エルダーは自分の口元に人差し指を立てた。バンザは目元の皺を深くして美しく微笑む。

 

「確かに、昔は護衛だった。今は若い者たちに任せているが、よくわかったね」

「……」

「暇なんだ。お嬢さん、話し相手になってくれないかな?」

「……」

「ロムとの約束は大事かい?」


 頷く。

 すると、バンザは子供のように笑った。


「いい子なんだね。でも、本当にいい子はこんなところに来ないと思うぞ」


 返事の代わりに口元だけ笑むと、何かを察したらしく、バンザは声を上げて笑った。


「ああ、そうか、そうか。わかった。君、エルダーだろう。フツリ様の言っていた通りだ。ここに来ることは言ってあるのか?」


 首を横に振る。

 フツリがなんて言っているのかは知らないが、ろくなことは言われていないらしい。バンザは笑みを絶やさない。面白がっている目が細められた。


「そうか。あの人は知らないんだな。では、黙っててやろう」

「なぜです?」

「代わりに暇なオヤジとお喋りしてもらうためだよ」


 バンザは自分の口元に人差し指を立て、スッと離して見せる。


「……あら、私ったら」

「な。もういいだろう?」

「……仕方ありませんね。あなたが黙っていてくれるなら、ロムもスラーも叱られないでしょうし」

「そうそう」

「本当に黙ってくれているのなら、ですが」

「信じろ。俺は()()()()との約束は絶対に破らない」

「まあ」

「で、何をしに来た?」


 一瞬鋭くなった目線を受けて、エルダーは白いフードにそっと触れると、躊躇うことなくそれを取った。

 銀色の髪がきらりと風に靡く。


「大変――これでスラーとの約束を破ってしまったわ」

「……」

「さあ、何をお話しします?」


 エルダーはゆっくりと瞬きをしてバンザを見つめた。

 驚いたようにこちらを見ていた彼は、ハッとしたように広場の方に視線を走らせる。

 そこで遊んでいたはずの兵士たちが、ぴたりと止まってこちらを眺めていたのだ。バンザが「しっし」と手で払うような仕草をすると、彼らはそれに従って見て見ぬ振りをはじめる。


「君、目立つね」

「そうですか? あなたの方がよっぽど美しくて目を引きますが」

「……うん?」

「綺麗な姿勢に、鍛えられた身体。声は女性が好みそうな低くて心地のいい声。適度な軽薄さと、それでいて野性的な目――さぞ女性が放っておかなかったことでしょう」

「おお、こんなオヤジを褒めてくれるのか」

「独身を貫くのは大変だったのでは?」

「……なるほど。君は本当に厄介な子なんだな。どうして俺が独身だと」

「心に決めた方がいらっしゃる目をしているから、かしら」


 エルダーがにこりと笑うと、バンザもにこりと笑った。

 こういうところがフツリにそっくりなのだ。


「よし。君とその話はやめる。やめだ、やめ」

「では何の話をしますか?」


 そう尋ねると、バンザは穏やかな声でエルダーの身の上話をねだったのだった。



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