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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
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84:エニシダの願い


 その夜には、部屋はエルダーだけのものになっていた。

 どんな手を使ったのか、イノンはあっさりと部屋からジードを追い出したのだ。

 ジードの代わりの監視は誰も来ず、夜に「様子を見に来た」と言って部屋に来たフツリは、納得したようにやや疲れた表情でエルダーを見て言った。


 ――いいや、招いてくれて嬉しいが、部屋には入らない。君には一人の時間が本当に必要そうだ。何か必要なものがあればここの者に言いつけなさい。


 そう気遣って、フツリはどこか居たたまれなさそうにその場を後にした。


 エルダーは自分の顔に触れる。

 どうやら表情は上手に作れていたらしい。


 一人の部屋の中で、ベッドにごろりと横になって目を瞑る。

 さて、動けるようになるまで、じっと待たなくては。





 何ヶ月も待つつもりでいたが、誰かが見守ってくれているのか、それとも本当にフェーネに加護でも与えられたのか、機会は案外早くやってきた。


 レカとお茶をしているときだった。

 フェーネが慣れた仕草でティーカップを置いた後で、談話室に「お茶ちょうだい、レカくん」とロムが元気に入ってきたのだ。


 腕をまくってほんのり額に汗を掻いているロムは、いつかのジードと同じようにエルダーを見てぎくりとした。すぐに繕われたが、その後ろから入ってきたスラーはあからさまに表情を険しくした。

 皆の間でどんな話し合いが繰り広げられたのか――はたまたそれぞれがエルダーのことを「触れてはならない」扱いにしているのか、挙動が不審すぎる。


 エルダーがくすくすと笑うと、レカが二人を迎え入れるように立ち上がった。


「おかえりなさい。さ、どうぞ、お二人とも」

「あ、うん。でも邪魔かな?」

「……また後で来る」

「どうぞ、お座りください」


 ロムやスラーの遠回しの拒否をにこやかに封じ込めて、レカはティーカップに紅茶を注いだ。

 諦めたように席に着くロムに続いて、スラーも座る。

 可哀想なので雑談をするフリをするために、エルダーはレカに向かって笑んだ。


「レカ」

「なあに、姉さん」


 レカが嬉しそうに返事をする。

 しばらく会っていなかったが、レカは不満は一切言わなかった。ただでさえ離れていることに慣れている上に、レカはレカで忙しかったらしい。


 この内輪のお茶会の前には、この塔の使用人達と仲良くお喋りをしているのを見かけた。エルダーが通りかかると、彼女たちはまるで誰かからエルダーには近寄るなとでも言われているような早さで散って行ったのだ。



「元気にしていたの?」


 エルダーが尋ねると、レカは二度目の質問になめらかに答える。


「うん。皆さんが話し相手になってくれるし……ロムさんもよく休憩にこっちに戻ってきてくれるんだ」


 前は「元気だよ」と朗らかに返してくれたが、こちらの意図をくみ取ってくれたのか、話をロム達へと繋げた。


「あらあら、どこに出かけているの?」

「……えーとね、エルダーちゃん」

「姉さん。ロムさんとスラーさんは、オーディルーの兵舎に出入りを許されたんだよ。凄いよね」


 誤魔化そうとしたロムを無邪気に邪魔したレカは、本気で尊敬するように追い打ちをかける。


「二人ともとっても腕が立つんだって。親善交流ってことで、今は鍛錬に参加しているらしいんだ」

「そうなの。すごいわ。グレフィリアの護衛がよく出入りできたわね」

「フツリ様が連れて行ってくれたんですよね?」


 話を振られたロムは、観念したように「うん、そう」と短く答えた。


「あの方らしいわね。身体が鈍っているだろう、とでも言われた?」

「うん、そう。そうだよ。なに、書庫に閉じこもるのはやめたの?」

「別に閉じこもってないけど」

「ふうん。出てこなかったくせに」

「拗ねないで」


 エルダーが笑うと、顔をまじまじと見てきたロムは「元気そうだね」と唇を尖らせた。


「元気よ。オーディルーの歴史の勉強も終わったし、一人部屋になって快適だもの。そうだわ、スラー。今日は殿下はどちらに?」

「……は?」


 まさか自分に話を振られるとは思っていなかったのか、スラーが間の抜けた声でエルダーを凝視するので、もう一度聞く。


「殿下は、どちらに?」

「……王女殿下と見張り台に」


 二人きりで、というところは飲み込んだらしかった。ジードがいないところを見ると、イノンと共に護衛として少し離れた場所で待機でもしているのだろう。


「仲の良いお二人ね。あなたもそう思うでしょう?」

「……」

「エルダーちゃん、スラーをいじめないでくれる?」


 ロムが間に入る。


「で、なに?」

「なにって、なによ」

「とぼけないでいいって。何か聞きたいんでしょ」

「兵舎って、どこにあるのかしら」

「はあ?」


 とぼけてないで聞け、と言ったはずのロムは「いやな予感がする」とばかりに顔を歪めた。面白いことに、スラーも同じ顔だ。

 二人とも答えてくれそうにない。


「お茶をしに戻ってこれる距離――だとすれば、この近くよね。それもとっても近い。兵舎なんてどの窓からも見えたことはないのに……不思議ね?」


 エルダーが呟くと、ロムは更に顔を歪める。


「あのさあ。それ答えられると思う?」

「答えてくれてるじゃない」


 エルダーが笑みで返すと、ロムは大げさなほど大きなため息を吐いて見せた。


 ここは窓の外はどこも一面緑色で、庭や中庭も点在していて広々としているように見えるが、窓の位置が少々偏っているとは感じていた。ここがフツリ様の塔だと言うことを考えれば、極端に窓の少ない裏側に兵舎があるのだろう。さらに塀を樹木で隠しているのだ。


「ああ、よかった」

「……なにが」

「近くて良かった、ってこと」

「……なんで」

「なんでって」


 不機嫌な顔でエルダーを睨むロムに、エルダーは「お願い」を伝える。



「私もそこへ連れて行ってほしいの」



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