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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
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「――ここを出る?」

「……本気?」


 ジードの次に、イノンが首を傾げてエルダーを見た。

 この二人がそろっていると、妙におかしくなる。頼りがいがあるような、不穏のような。

 ほんの少し笑ったエルダーの表情をどうとったのか、何故か二人の瞳は同じように陰った。

 エルダーはその瞳に誠実に答える。



「本気よ。()()この国を出る」





 ゼラとイトセは、二人きりで見張り台とやらに出かけて行った。

 可愛らしい包み紙を手にして嬉しそうなイトセの横顔と、彼女につられたように表情を和らげたゼラの姿を隠れたまま見送ると、そこからジードとイノンが出てきたのだ。

 エルダーがいたことに若干気まずそうな顔をしたジードを捕まえ、イノンも連れてすぐそばにある中庭へ。


 フェーネは、聞かれたくない話をすることを察したのか、いつの間にかいなくなっていた。この中庭に誰も寄らぬようにさりげなく見張りをしてくれているのだろう。


 エルダーは二人を見上げる。


「一年以内に出る。すぐには出ないわ。安心して」

「エルダー……!」

「待って、ジード。ぼくが聞くから、その間に頭冷やしたほうがいいよ」


 イノンがジードの肩に触れる。前に出ようとしたジードを押さえたのだ。

 いつもならば「怒らないで、お兄様」とでも言って煽るところだが、エルダーは少しも笑わずに二人を見据えた。


「私がそう判断したの」


 そう言うと、ジードは怪訝な目でエルダーを見つめたが、未だ肩に置いてあるイノンの手に力がこもったのか、何も言わずに口をつぐんだ。

 イノンが一歩エルダーに近づく。


「うん。わかった。ぼくはきみがそう判断したのなら反対しない。でも、ぼくらを呼び止めて話したのなら、理由はおしえてくれるんだよね?」

「もちろん」

「前に、もう逃げも隠れもしないって言ってたけど、どちらの意味でもなく、ここを出るつもりなの?」

「そう」

「なんで?」


 責めることのない純然な疑問だった。

 それを聞いていたジードの表情がようやく和らぐ。そして、何かに気づいたように愕然としたように俯いた。


 エルダーにはジードの揺れる心が手に取るようにわかった。


 ゼラを置いていくと言い出したエルダーに憤慨したジードは、その猛烈な怒りがエルダーを「疑った」からだということに気づいたのだ。ジードも、ゼラはイトセとやっていける、と薄々感じている。だからこそ、エルダーを疑えた。


 エルダーはイノンを見つめた。


「ここを出ないと困ることになるわ」


 誰が、とは言わない。

 二人にならばわかるはずだった。


「どうして?」

「オーディルーではしばらく呪与士が生まれていないことは知ってる?」

「きいた気がする。アキレアが最後だって」

「そう。でも、グレフィリアから来た治癒士の中に初代様の生まれ変わりがいたら、この国に呪与士が誕生しはじめるんですって」


 二人の顔色がさっと変わる。

 先に口を開いたのはイノンだった。


「だれから聞いたの」

「言うつもりはない。ただ、私はその話が本当だと信じる」

「そう……まずいな」

「だから私はこの国を出るのよ」


 黙り込むジードはエルダーの言葉が意味することがわかったらしく、蒼白になっていた。震えぬように強く手を握っているところを見れば、これがどれだけ逼迫した状況なのか誰よりもわかっているようだった。


「ジード。私は一年以内にここを出る。今なら、フツリ様から逃げ切ることもできるでしょう。でも次の呪与士が生まれた後は? 絶対に逃がしてもらえない。生まれ変わりを連れ帰ってくれたとゼラ様が特別視されるのは時間の問題よ。あの人に平穏をあげたいの。この国でイトセ様と厄介払いさせられた方が、ずっとずっと幸せだわ」


 イトセは言っていた。

 結婚後は城から離れた自然豊かな場所にある屋敷を与えられ、人から隠れるようにして生きていかなければならない、と。

 それは、今のゼラにとっては一番の平穏に思えた。


 ジードは何も言わない。


「わかってくれたのね。ありがとう」


 エルダーが真剣に伝えると、ジードの顔が苦しげに曇った。側に寄り、ジードの顔を見上げる。


「……酷い顔をしてる。もう行って。部屋でしばらく休んだ方がいいわ。私が出て行くまで、殿下に気取られないようにね。お願い」


 お願い、と強く言うと、ジードは少しばかり驚いたようにエルダーを見た。


「言わずに勝手に出て行こうとも思ったんだけど、ジードなら大丈夫だって思ったの。私のために知ってて欲しい。私のすることを知っていて」

「……酷い頼みだな」


 ようやく口を開いてくれた頼りになる兄であるジードは、苦痛に耐えるようにわざと表情を和らげた。

 エルダーはそれに向かって穏やかに笑む。


「うん、そうね」

「レカには」

「何も言わないでいい。きっと大丈夫」

「行く当ては」

「さあ。何も考えていないもの。計画を立てるのは無駄だと教えられているしね――心配しないで。私は大丈夫よ」

 

 エルダーはそっとジードの頬を撫でた。

 泣いているように見えたのだ。


「大丈夫。ここにいるより、まだ知らないどこかの方が生きていける気がする」

「エルダー」

「一年以内」


 ジードの頬から手を離す。


「一年以内に出て行くことしか決めていないから、私がどんな動きをしても気にしないで。ただ、本気で出て行くときは邪魔しないで欲しいの。周りに怪しまれない程度で良いから」

「エルダー」

 

 最後に止めようとしたジードからゆっくりと離れる。


「約束を破ることにはならないわ。だってあの人は一人にはならないもの。あなた達がいるでしょう」


 お願い、と強くもう一度言う。



「お願い。ゼラには言わないで」



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