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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
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 グレフィリアから来た治癒士の中に初代様の生まれ変わりがいれば、再び呪与士が現れ始める――


 フェーネの言うことが事実だとすれば、相当まずいことになる。



「……そう。一つ聞いていい?」

「ええ、答えられることならば答えますよ」

「正直ね」


 答えられないが知っていることは多い、と「No.16」を背負うなど相応しくない男が穏やかに笑った。


 まるで罪の懺悔でもさせられている気分になる。

 決して飲み込まれはしないが。


「もし、オーディルーで新しい呪与士が生まれると、どうなるのかしら」

「フツリ殿下が動くでしょう」


 つまり絶対に逃げられない。あの人が呪与士を管理しているのだ。少しでも異変があれば徹底的に動くに違いない。エルダーはため息を吐く。


「……オーディルーでは呪与士はどれくらい生まれていないの?」

「そうですね――彼女がここを去ってからは極端に少なくなったそうなんですが、それでも民が困らない程度には生まれていたようです。ところが最後の呪与士が生まれてからは、全く生まれていない。グレフィリアの地下の子供達が増え始めた頃ですね」

「最後の呪与士の年はいくつなのかしら」

「聞いてみたらどうですか?」


 軽く言われ、エルダーはフェーネを見た。にこりと笑みを返される。


「あなたの恋人に聞けば、年齢くらい教えてくれますよ」

「……アキレアが?」

「気をつけてくださいね。彼は彼で、この国では特別らしいので」


 本当にどこまで知っているのか、フェーネに聞けば大抵の答えが返ってくるような気がした。

 自分が思っている以上に、周囲は複雑らしい。その波に飲まれてはいけない。自分がするべきことにだけ集中していなければ。


 ――自分が、するべきこと。



「……助かったわ、フェーネ」



 エルダーはそっと手を伸ばすと、フェーネを抱き寄せた。柔らかく力を込める。

 

 本当に助かった。

 やるべきことが見つかった。


 ふいに、ロムの顔がよぎる。このオーディルーのぬるい日常の中で腐って枯れていくところなど見たくない、と言っていたロムの不満そうな顔が。

 自分も後少しでそうなるところだった。遠くからただ眺めて、一瞬の幸せを死ぬまで抱えて沈んでいくところだった。


「ありがとう」


 背中をそっと撫でてくれるフェーネに心から感謝する。

 伏せていた睫がゆっくりと上がる。その目は、きらきらと生気に満ち溢れ、輝いている。


 目が覚めた気分だった。




    ○




「――ゼラ様、昨夜は月がよく見えましたが、こちらからはいかがでした?」

「ああ……ここからもよく見えましたよ。後少しで満月ですね」

「ええ! あの月を見ていたら、明日はゼラ様とのお茶にはレモンケーキだなって。お好きですか?」

「はい。とても」

「それはよかったです!」


 エルダーは二人の声を目を伏せて聞く。

 隣のフェーネは、何も言わずにエルダーと共に壁際に隠れてくれていた。

 書庫から二人で出て、久しぶりにレカに会いに行こうとしたところで、聞こえてきた名前に反射的に足を止めたのだ。

 

 ここ一ヶ月、こういう場面に出くわすことは多い。

 イトセはゼラがこの国に馴染むように、近い距離からゼラを連れ出してその存在を周囲に慣れさせている。


 彼女が付き添っていると、不思議とゼラは「普通の少年」に見えた。


 最初はある程度警戒していた使用人達は、今はゼラを見つけるとにこやかに「こんにちは」と声をかけている。

 グレフィリアとは違って、彼らは王族を敬愛しているが、同時に近く感じてもいるらしく、親しげに話しかけてくる。まるで大きな家族のような彼らの大らかさと温かさは、どうやらフツリが作り上げた彼女の安全地帯らしい。

 イトセの育ちの良さを見ていれば、この雰囲気がフツリの塔だけではないこともわかる。


 今となっては、ゼラが自分から彼らに声をかけることもあった。

 オーディルーの空気が肌に合うのだろう。

 グレフィリアにいるときとは、明らかに違う。


 それを壊さぬように、エルダーは最後に会った夜から顔を合わさないように細心の注意を払っていた。

 あの日に昼頃に戻ってきたジードから、できるだけ顔を合わせないようにと頼まれていたのもある。


 けれど、何故かゼラはエルダーの行き先を知っているかのようにふらりと目前に出てくることがあった。逃げずに頭を下げてゼラが通り過ぎるのを待つが、ゼラは必ず話しかけてきた。名前を呼び、そして元気かと尋ねる。

 エルダーは答える。

 はい、とだけ。


「――とても美味しいですね」

「まあ、よかった!」


 二人の会話が、エルダーの記憶をゆっくりと霞ませていく。

 ゼラの声は優しく、そして少し戸惑っていた。

 香るはずのないレモンの苦い香りが、エルダーにまとわりつく。


「……もしかして、これはイトセ様が?」

「あ、あの、安心してくださいませ。きちんと料理人と一緒に作りました。少しでも不安でしたら、後は私が!」

「いいえ。とんでもない。とても美味しいです。もう一ついただいても?」

「はい!」


 軽やかに笑う声。

 まるで天国のような穏やかさ。

 ゼラの戸惑いは、この平穏を受け入れる準備をしている反応だ。

 ゆっくりと、ゼラが遠くなっていく。


「ゼラ様、よろしかったら、この塔の見張り台に行ってみませんか? 景色がとっても綺麗なの」

「是非。お菓子も持って行きましょう。……イトセ様? どうかしました?」

「……気に入ってくださったみたいで、安心して」


 しおらしい声がほんの少し震えて聞こえてきた。

 可愛い子だわ、とエルダーが思ったと同時に、ゼラが「可愛らしい人ですね」と慈しむように呟く。


「また作ってくれると、嬉しいのですが」

「……はい! 明日にでも!」

「ふ。楽しみにしています」

「! で、では、見張り台にご案内いたしますね!」


 

 大丈夫。まだ、大丈夫。


 エルダーは自分に言い聞かせる。


 やるべきことがある。



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