80
――初代様の生まれ変わり。
その言葉に、エルダーは一瞬反応できなかった。
じっとエルダーを観察するフェーネを思わず睨む。
「何を言ってるの?」
「変なことを言いましたか?」
フェーネが笑う。
「思っていたんです。本気でね。どこも似てはいないのですが……彼女がどこかで生まれ変わっているのなら、あなただったら面白いな、と」
「それってただの願望じゃないの」
「言われてみればそうかもしれませんね」
妙に無邪気なフェーネは、エルダーの顔を見て「でも」と苦笑した。
「あなたほど、呪われた娘という言葉が似合う人もいないでしょう?」
「呪われた娘……ねえ」
エルダーが呆れると、フェーネはくすくすと笑った。
「オーディルーでは、呪い、という言葉は我々の認識とは違いそうですけどね」
人ならざる力は「呪い」であり「災い」である。
本にはそう書かれていた。同時に「呪い」を扱うことを許された者は「祝福」を受けた者である、とも。自らを律し、それを制御して生きていけると認められた彼らは、民に尊敬されているらしい。
グレフィリアは能力を誇り、オーディルーは人を誇る。
「それこそ私は呪われた娘ってものには相応しくないんじゃない?」
「確かにそうですね。あなたは自ら枯れることは選択しないでしょうし」
「教えたくせに」
「しないと思ったからですよ」
しらっと言い放つフェーネは確信しているようだった。
「あなたは自分の為には死ねませんよ。そう育てられている」
「……」
「ね?」
「初代様は自ら行き止まりを越えたのかしら」
話を替えたエルダーに付き合ってくれるらしく、フェーネは「そうでしょうね」と頷く。
「理由は彼女にしかわからないでしょうけど、彼女は越えた。そうして、枯れたんです。死にました。あっけなく」
フェーネの言葉に、何かが引っかかった。
No.16のはずだというのに、よく知りすぎている男の言葉を疑っているわけではない。
たとえ戦地で使っていた心像と、休息の館で使った心像が別人のような早さであったとしても、この男の正体について探りたいとは思わない。
ただ、何かが引っかかったのだ。
知らなければならないこと――知っておかなければならないこと――
心像。集中。行き止まり。越える。
エルダーの知らない場所。
彼女はそこを越えた。
オーディルーでは呪われた娘と祝福され、グレフィリアでは治癒士と崇められた彼女は、越えることで枯れるとわかっていたのだろうか。枯れたかったのだろうか。それとも――
「枯れるから死ぬのかしら。死ぬから枯れるのかしら」
窓の外を見ていたフェーネが、ゆっくりとエルダーを見る。
「今、なんて言いました?」
「枯れるから死ぬのか、死ぬから枯れるのか。それって、大きな違いがあるわ」
エルダーは思考に浸るように呟く。
「死にたかったのなら、心像を使い続ければ良いだけのことでしょう。相当負荷がかかる。なぜ彼女はそうしなかったのかしら」
「苦しみたくなかったのでは?」
確かにそうかもしれない。
けれど、エルダーにはどうしてか彼女が「死ぬつもりで越えた」ようには思えなかった。
「……治癒士は、彼女を求めて生まれてくるって言ってたわね」
元々はグレフィリアに存在しないはずの治癒士が存在するのは、初代様と呼ばれる特別な「呪われた娘」を追いかけているからだと、フェーネが言ったのだ。
「ええ、そう思います」
「なぜ?」
「エルダー」
「もう彼女が去って長いのに、なぜまだグレフィリアで生まれていたの?」
「エルダー」
フェーネが止めようとしていることはわかっている。それでも、エルダーはフェーネをまっすぐに見つめ続けた。
自分だけ言いたいことを言って逃がしてもらえるだなんて、甘い。少なくともエルダーはそんなことを許さない。
フェーネがエルダーの腕をぐっと掴んだ。
いつかの誰かに掴まれた時と同じ強さで引き寄せられる。
「それ以上聞きますか?」
「話さないで逃げられると思うのならやってみなさいよ」
「――初代様はまだグレフィリアにいる」
フェーネがふっと頬をすり寄せた。
誰にも聞かれぬように、エルダーにだけ届くように、耳元で囁く。
「教会に彼女の像があります。あれの中身がそれです。彼女は安らかに休むことも許されないまま、綺麗な身体で像の中に納められている。可哀想なことですが」
「……死んでいないの?」
「死んでいますよ。彼女は枯れましたから。けれど、まだそこに彼女の魂が宿っているとわかるほど美しい状態であの像の中にいるんです」
そう言うとフェーネはゆっくりとエルダーから離れた。
「大変ですね……このことを知っているのは私とあなただけですよ」
「仕方ないわね、仲良く一緒に秘密を守ってあげるわ」
「ふふ。助かります」
フェーネがどういう感情でそれを言っているのかは全くわからない。
ただ、フェーネが言えないことを聞かないエルダーの姿勢には、彼なりに敬意を示しているということはわかった。
たった一年の付き合いだが、その時間の浅さがエルダーは妙に安心できる。
心地よい軽薄さのある関係。お互いに全幅の信頼を置いていない絶妙な緊張感が、今のエルダーにとってはありがたい。
このオーディルーで少しでも力を抜けば、もう立っていられないような気がした。
「でも待って。その話が本当なら、生まれ変わりなんていないじゃないの?」
エルダーがそう言えば、フェーネはくすりと笑った。
「あなたが証明ですよ」
「……どういうこと?」
「地下の子供というのは、ここ数年で増えたんです。つまり、オーディルーに近い場所で治癒士が生まれはじめた。中央から徐々に離れて行っているということは、彼女の魂があの場から動いたということでしょう。我々は、彼女を求めますから」
フェーネがエルダーを見ている。
「彼女、生まれ変わったんですよ。オーディルーの近くのグレフィリアで。おかげでオーディルーでは呪与士が生まれなくなったそうです。今我々の中に彼女の生まれ変わりがいたら――呪与士が誕生しはじめるので、すぐにわかるでしょうね」




