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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――殺されたNo.19――
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8



「まかり間違って護衛を殺しでもしたら、治癒士は四人全員殺される。ここではもう誰一人として、死ぬわけにはいかない。俺はこれ以上殺さない」


 アキレアの表情は変わらない。

 ジードは探るように見たかと思うと、そっと目を伏せて立ち上がった。


「なるほど。馬鹿ではないらしいな」


 着崩していた服を整える。


「けれど、お前等は大事なことがわかっていない」

「……ジード」

「この恐ろしい怪物達に教えなければならないだろ?」

「ジード。お茶会の最中ですよ」


 ゼラが止める。

 それでもジードは口を歪めて吐き捨てた。


「命を奪うことの意味が分かっていない。お前等、罪悪感がないな?」


 エルダーはその視線が痛かった。

 罪悪感。

 No.19を殺した後悔。


「ない」


 答えたのはアキレアだ。


「あの瞬間、俺は初めて殺意を持って心像(イメージ)を使った。使うときは命懸けだ。あの殿下は怖いが、処罰で死ぬのは怖くない」

「はっ、立派な治癒士様だ」


 蔑んだ目が、二人を見る。


「人を殺した罪は正しく背負え。恐れろ」


 それだけを言うと、ジードは談話室を出ていった。






「……あの、すみませんでした」


 出て行って数秒の沈黙の中で、ゼラが申し訳なさそうにそう言った。

 エルダーは首を横に振る。


「いいえ、ゼラ様。私がのんびり歩き回っていたことも、お気を悪くさせてしまっていたでしょうから」

「そんなこと」

「真面目な方なんですね」


 エルダーの柔らかな言葉に、ゼラはほっとしたように力を抜いた。目元を隠す重い前髪が少しだけ揺れる。


「とても、真面目な人なんです。悪い人ではないんですよ」

「ふふ、はい」


 エルダーがふと顔を上げると、再び土談話室のドアノブがくるりと回るのが見えた。

 開けることを知らせるような大きな音で開く。


「――あ、本当にいた」

「ロム? どうしたんですか?」

「今、そこでジードからお茶会してるって聞いたんだけど、いい?」


 入ってきたのは、護衛のロムだ。

 肩の辺りで外に跳ねた髪がふわりと揺れる。


「どうぞ。レモンケーキありますよ」

「やったあ。エルダーちゃん、こんにちは。おいしかった?」

「はい。とても」


 切り分けられたレモンケーキをジードと同じように手で摘んで「うまっ」とこぼしたロムは、アキレアをちらりと見た。

 

「アキレアくん?」

「? はい」

「君、変わってるね」


 どこか上品に目を細めてにこにこと笑いながら、ロムが言う。


「部屋から出てくるなんて、変わってる」

「ロム」

「で、どっちがうちの気難しいジード兄さんを怒らせたの?」


 エルダーは「私ですね」と朗らかに言う。

 アキレアがすぐに「俺もです」と追従した。


「え、どっち? 両方?」

「私です」

「君ってば、そうやって一番に手を挙げるんだから。で、なんて言われたの」

「罪を正しく背負えと言われました」

「言いそうだね、あれは言いそうだ」


 うんうんと頷くロムとは対照的に、アキレアは首を傾げた。


「正しく背負うとはどういうことだろうか。死ぬ思いをしてまで殺したあの瞬間――殺すことしか選択できなかった時に、力を正しく使わない罪は背負った。No.19はもうここにいいない。罪を背負う対象はないし、もう誰も殺さないのに何の罪悪感を背負うんだ」

「わあ」


 ロムが口を大きく開けて感心する。


「君ってば、やっぱり変だね。殿下の仕掛けた耐久戦から二日であっさり抜けて、さらにあの堅物の命の重さの正しさを真っ向から否定するなんて。え、大物?」


 からかう素振りはない。本気で新種の生き物でも見つけたように、その目が輝いた。そうして、子供を見るようにじっとのぞき込む。


「No.19を殺すときに、君は罰される覚悟を持ってしたんだね」


 ロムは微笑む。


「でもね、少し違う。君は殺すことに対する罪悪感の話をしているが、彼はね、命に対して罪悪感を持てと言ったのさ。人を殺めてしまった自分を恐れろ、ってね」

「ああ……」


 アキレアが腑に落ちたように「わかった」と言えば、ロムの目は細く弧を描いた。


「素直だなあ。誰に躾られたんだろう」

「?」

「こっちの話。そうやって、No.19の噂話も素直に聞いてたの?」

「聞かされていた」

「興味で聞くけど、どんな噂話?」

「もう、ロム」


 ゼラか窘めるように柔らかに言うが、ロムは「だって面白そうなんだもん」とあっけらかんと言い放つ。


「いいから、紅茶でも飲んで口を閉じて下さい。ほら、ほら。すみません、アキレアさん。話したくないことは話さなくて結構ですよ。これはただのお茶会なので」

「いや……俺も気になることがあるんだが、聞いてもいいだろうか」

「はい。僕らに答えられることであれば、大丈夫です」

「結尾のNo.の誰かが、殿下付きの治癒士であるという噂は本当か?」


 狙ったわけではない。

 アキレアは、無防備な護衛達に狙って尋ねたわけではないらしかった。

 一瞬無表情になったロムをエルダーは確かに見たし、ゼラですら身を強ばらせたが、そのことにアキレアは気づいていない。不自然な沈黙が生まれたことを察した様子もなかった。


 

「君、()()()()そうは言っていなかったよね?」



 ロムが温度を極力抑えた声で、告白をしたときにアキレアが言っていた言葉を繰り返す。


「――どうやら治癒士もつけてもらっていないのではないか。そう言った。王と王子が持っている専属の治癒士を、殿下だけがつけられずに冷遇されていると噂されている、そうNo.19が聞かせてきたと暗に言った。どうしてそのときに言わなかったの? No.19は、結尾の誰かが殿下付きの治癒士ではないかと言っていた、と」

「殺されるだろう」


 アキレアは淀みなく答えた。

 

「あのとき既に、エルダーは素顔を晒していた。もし俺がエルダーが殿下付きの治癒士であると示すようなことを言えば、エルダーはあの中の誰かに殺される。だから言わなかった」


 まるで恐ろしいことを何もしらない子供のような目で、アキレアはそう言ったのだった。


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