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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
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 初代様――そう呼ばれる、グレフィリアの象徴的な治癒士のことを語る人間は多い。

 彼女の神秘性、彼女の美しさ、彼女の力の偉大さを人々は讃える。

 治癒士にとっても、彼女と同じ姿をすることは誇り高いことだった。何故かはわからない。ただ、身体が、そして全てが、彼女の像を見ると懐かしさに締め付けられた。悲しみと畏怖を感じた。

 

 治癒士は聖なる者。

 治癒士は人を癒す者。


 それを体現するのが彼女だった。

 皆が彼女を女神のように見上げ、口々にその素晴らしさを語る。

 けれど皆、彼女のことを知らない。

 彼女が何を考え、どんな風に笑い、何を見ていたのか、誰も知らないのだ。



「エルダー、初代様がどうして亡くなったのか、知っていますか?」


 唐突な質問に、エルダーは素直に「知らない」と答えた。


「力が枯れたそうですよ」


 事も無げにフェーネが言う。


「生きようと思えば、永遠に生きられたような人だったというのに」



 ――エルダー。


 記憶の中の誰かがエルダーを呼ぶ。


 ――エルダー、気をつけてね。


 二人で潜ったベッドの中だ。

 ジードは扉の近くのソファで寝ている。

 窓のない部屋。大きなベッドの中で小さな身体を丸めて、二人で声を潜めて話をしていた、幼くて無邪気なあたたかい記憶。

 向かい合う夜色の髪の隙間から見える瞳が、エルダーを見ている。

 

 ――治癒士の力は枯れてしまうんだって。そうすると、死んでしまうんだ。だからどうか気をつけて。あまり使わないで。君と離ればなれになるのは、嫌だよ。


 小さな手を握って、祈るように、誰かがそう言った。

 


「どうやったら枯れるのかしら」


 夢から覚めたような心地の中、エルダーは呟いていた。隣からのぞき込まれる。


「枯れたいのですか、エルダー」


 フェーネの顔は、どうしてか若々しい青年に見えた。目が輝いている。


「枯れたいですか?」


 もう一度聞かれ、エルダーはまた正直に「わからない」と答えた。

 フェーネの目が慈しむように細められる。


「可愛らしいですね」

「馬鹿にしているの?」

「いいえ。こう見えても、枯れたいと願ったことがあるので……懐かしくて」

「あなたが?」

「ふふ。はい」


 秘密を共有するように、フェーネはこっそりと頷いた。怪訝な顔でもしていたのだろう、また笑われる。


「これでも人並みの感情は持っているつもりなのですが」

「あらそう、初めて知った」

「酷いですね。お互いを知らないわけではないでしょうに」

「前にも言ったけど、あなたのことはわかる気がしないわ。きっとずっとね」


 エルダーの言葉に気を悪くすることもなく、フェーネは軽やかに笑った。


「ある少年に引き上げられたんです。おかげで今、ここにいます」

「面倒な仕事を押しつけられたわね」

「そうでもないですよ。面白い」

「あなたはそれで満足しているの?」

「ええ、とても」


 フェーネが大きく頷く。


「こんなにおかしい日々が過ごせるだなんて、思ってもいませんでした。枯れるのはもう少し先でいい。エルダー、あなたは?」

「さっきと同じ答えよ」


 わからない。

 ここから離脱できるのならしてみたい。

 けれど、本当にそれを望んでいるのかわからないのだ。

 そういう素振りをして気を引きたいだけなのではないかと、冷静な声が嘲る。

 あの人を怒らせたい。悲しませたい。

 そう思う自分が確実にいる。

 なにか感情を向けて欲しいと、子供のようにねだっている。


 その反面、いざそうなったときには、彼は怒りもせず悲しみもしないのではないだろうか、とも考える。

 みっともなく泣いて縋る自分の姿も見えた。


 エルダーには「わからない」としか答えられなかった。



「そうですね……あなたをこれ以上追いつめるのは可哀想だ。一つ、教えておきましょう」


 フェーネはエルダーの頭に手を置く。

 撫でている、というよりは、まるで加護でも与えているようだった。


心像(イメージ)を使うときに、集中するでしょう? その時に、行き止まりがあるはずです。これ以上は駄目だ、と感じる場所。そこを越えるだけで、枯れますよ。死ねるんです」


 慈悲深い笑みで教えてくれたフェーネに向かって、エルダーは首を傾げる。


「行き止まりって?」

「……知らないのですか?」


 エルダーは小さく頷いた。

 そもそも、心像(イメージ)を使うこと自体、エルダーには相当な手順が必要だ。集中したとしても、それは「心像(イメージ)を使う」ために制御を外す複雑な回路を抜けるためのものだった。

 心像(イメージ)自体に集中したことはない。


「……そうですか。あなた、とても幸運ですね」

「どういうこと?」

「行き止まりに行くと、恐怖を感じるんです。個が薄くなっていって、ここではないどこかと繋がる感覚がする。大抵の治癒士は、その一歩手前から帰ってきたら二度と近づかない。イノンはそれを教えなかったのですか?」

「ああ……教えようがなかったんでしょうね」

「どういう意味です?」

「私、心像(イメージ)を使うのが下手なの」

「……モナルダに使っていましたよね?」


 フェーネが興味深そうに尋ねてくる。

 今は遠い休息の洋館が脳裏によぎった。

 腕の中で抱きしめた、柔らかな身体。直情的で素直な少女。血に濡れる、生温い感覚。


「あなたが私の後ろで窓を割った時から、ゆっくりと心像(イメージ)が使える状態になるようにしていたもの。使うためには時間がかかるの」

「……本当に?」


 不思議そうに尋ねてくるフェーネに「嘘をついてどうするのよ」と呆れて答えれば、エルダーをまじまじと見て言ったのだ。


「いえ――エルダー、あなたが初代様の生まれ変わりだと思っていましたから」



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