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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
77/136

77:まがいもの



「ここにいましたか」


 穏やかな午後の日差しに照らされた出窓に座って本を読んでいたエルダーは、その声に顔を上げた。


 書庫の際奥にある大きな出窓。

 それを隠すように複雑に並んだ大きな本棚の隙間から、白い影がゆらりと出てくる。


「――フェーネ」


 名前を呼ぶと、それは上品に笑った。

 まるで聖職者のように光を携えて、ゆっくりと本棚の間を縫って出窓に近づいてくる。


「探しましたよ」

「隠れているつもりはないけど?」

「ええ、あなたが書庫にいることは皆知っていますが、一度も会えたことがないとそれぞれが言っていましてね。興味本位で入ってみました」

「イトセ様曰く、本の迷いの森ですって。可愛らしい方」


 この国の歴史を学びたい、と言えば、イトセは喜んでこの部屋を教えてくれた。誰も近づかないのでゆっくりできる、と。

 本棚が壁のようにぎっしりと奇妙に配置されたこの書庫は、確かに人は来なかった。迷うかららしい。何人かがエルダーを探しに来たが、誰もここまでは来れなかった。

 エルダー自身も、通って五日目でようやくここにたどり着いたほど、方向感覚が狂わされる。


 けれど、フェーネの足取りに迷いはなかった。

 驚きはしない。

 これはこういう男なのだ。


「私に何か用事?」

「元気がないようですね」


 フェーネが目を細める。

 エルダーは本を畳むと、フェーネが隣に座れるように出窓から足を下ろした。


「変ね。私が元気いっぱいなときがあったかしら?」

「人を殺しているときは生き生きしていますよ」

「高ぶっているだけだと思うけど」

「そうですか? あれはあれで生命力に満ちていて美しいですよ。今のあなたは――誰かに折られてしまったように痛々しい。あなたをそうできるのは一人だけですから、聞かないでおきますね」


 フェーネは静かに隣に座ると、エルダーの銀色の髪をそっと手にとって口づけた。


「慰めましょうか?」

「お願いしたいところだけど、やめておくわ」

「ふふ。叱られますか。どちらに」

「ジードによ」

「おや、そっちですか」

「他に誰かいる?」

「……怒っていますね、エルダー。もしかして()に何かされました?」

「聞かないでおくんじゃなかったの?」

「へえ、本当に」


 フェーネは感心したようにこぼす。


「それはそれは……あなたを泣かせたのでは?」

「さあ」

「あなたが色々なものを封じ込めて尽くしているというのに、惨いことをする」


 

 エルダーは静かに笑う。


 一ヶ月前のあの夜、ゼラを追って出て行ったジードは帰ってこなかった。

 泣き疲れて眠っていたらしく、目が覚めたときには部屋は朝焼けに照らされていてた。ぼんやりした頭で、夜が消えていく窓の外をエルダーは一人で見送った。ローブが皺だらけだったことを覚えている。


 何に絶望しようが、泣きわめこうが、誰かが自分の望むように甘やかしてなどくれない。

 それを痛感した。悟ったのだ。

 痛々しい勘違いでも、あの一瞬は確かに痛いほど幸せだったと噛み締めて、それに縋り付いて生きていくしかないのだと。

 

 エルダーは指先で唇をなぞる。

 

 何も感じず、ただそこにあるものを眺めて、するべきことには粛々と対処していく。従者らしい生き方をすればいい。

 どうしてあんなことを、だなんて考える必要はない。そんなことを考えていては耐えられない。



「書庫にこもって何をしているのかと思えば、本当に勉強を?」


 何にも触れずに、フェーネは話題を変えてくれた。本を指先で叩く。


「……暇ですもの」

「オーディルーの歴史、ですか」

「そう。どこを読んでも真っ当な国。昔からいた民族の元に、彼らを慕う人々が自然と集まって国へ。今の王族はその民族の長の系譜らしいわ。そして、こうも書いてあった。その民族が慕われてきたのは――」

「不思議な力を使って、病を治すから。呪与士ですね」

「ええ。彼らは旅の者も助け、旅の者から近隣の村の状況を聞けばすぐに行って助けていたんですって」

「治癒士と呼ぶ方がよっぽど相応しい振る舞いですね」


 グレフィリアの治癒士は、()のために尽くす存在であり、病を持つ者を助ける存在ではない。

 本によると、現在もオーディルーの呪与士は診療所を持ち、広く扉を開いているらしい。立派としか言いようがない。

 それを率いているのがフツリというのも、何ともいえない気持ちにさせられた。


「……他にはどんなことが書かれていました?」

「ああ、無難なこと。呪与士の力の使い方よ。聞いて知ってはいたけど、私たちと全然違うのね。治癒士は心像(イメージ)を使う。細胞一つ一つに働きかけ、傷を閉じるために修復し、悪い部分があれば強制的に治癒するでしょう。けれど、呪与士は昔から一貫して「病を呪う」んですって。言葉は忌々しいけど、身体を蝕む()()()()呪うのは、きっと難しいでしょうね。私だったら殺してしまいそうよ」

「ふふ。確かに」


 フェーネはくすくすと笑う。


「凄い精神力ですね、彼らは。相手への愛情がなければできないことかもしれません」

「見知らぬ人を愛するなんて変な人たち」

「変かどうかはわかりませんが……彼らは自分のためには力は使わないそうですよ」

「あらあら……グレフィリアの上位の治癒士なんて若作りの魔物どもだって知ったら、どう思うのかしら」

「何も言わずに顔をしかめそうですね」

「言えてる」


 初代様と呼ばれる治癒士が現れて百年。治癒士の上位のNo.に至っては、年齢などもうわからない。それでも存在していられるのは、彼女らが常に自らを癒し続けているに他ならない。


 エルダーは思い出す。

 休息の洋館を出る前の夕暮れの中で聞いた言葉を。


「フェーネ」



 ――その昔、グレフィリアがオーディルーにいた呪与士を奪ってきたのが治癒士の始まりだそうだ。



 ゼラの声が頭の中を混ぜそうになるのをどうにか押さえて、エルダーは、フェーネのローブの背中の刺繍に触れて言った。



「私たちは偽物なのね」



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― 新着の感想 ―
「変ね。私が元気いっぱいなときがあったかしら?」 「人を殺しているときは生き生きしていますよ」 ↑このやり取り最高です!笑 エルダーはそう思われて仕方ない!! でも、ちょっと自覚がなさそうなところが…
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