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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
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 エルダーはフツリを見上げた。


「結構です」

「なぜ」

「身分の違いはわかっていますから。アキレアはこの国にようやく帰ってきた英雄なのでしょう? 敵国の治癒士と結婚など……私は地下から出てきた素性のわからぬ者ですもの。こんな時に新しい波風をわざわざ立てることなどありませんわ」

「素性のわからない者にしては教育が行き届いている」

「言葉通りに受け止めさせていただきます」

「私は君が好きだよ」

 

 フツリはさらりと言う。


「賢く、美しい。なにより忠実な子だ」

「フツリ様に評価いただけるだなんて、恐れ多いことです」

「おや、お母様と呼んでくれないのかな」

「……失礼しました、お母様」

「まあ、考えてみてくれ。君にはアキレアのそばにいて欲しいと思ってる。心から、ね」


 違う。

 ここから絶対に離れぬように、エルダーをこの国に繋ぎたいのだ。

 エルダーは小首を傾げる。


「私を信用してくださるのですか?」


 出て行けと言われて、出て行かなかった。もうどこにも隠れはしないと喧嘩を売った上に、人質ももらった。


「そうだよ。君が必要だ」


 逆らうのなら、手元に置くまで。

 フツリの目がそう言っている。

 エルダーとゼラの絆に気づいているからこそ、フツリに逆らうエルダーはここに繋ぐべきと判断したらしい。

 おかしな話だが、間違ってはいない。

 エルダーが()()()()()()イトセにつくというのなら――殺さないと誓うのなら、フツリにとってはそれだけでエルダーは意味を持つ。

 フツリに逆らう。けれど、ゼラには絶対に逆らわない。単純な駒は動かしやすいのだろう。



「フツリ王女殿下」



 フツリとエルダーの間に、硬質な声が割って入る。

 

 ジードだった。

 

 険しい表情でフツリを睨み上げる。


「この話、他の誰かにも提案済みですか?」

「……いいや?」

「アキレアとエルダーの関係は」

「言っていない。誰にも」

「ならば言えないとご承知なのでは? でしたらそのまま、アキレアとエルダーのことは放っておいてもらいたい」

「なぜ私が君の言うことを聞かねばならない?」


 フツリが笑う。

 ジードは一切怯まなかった。それどころか、見据えたまま微動だにしない。


「お忘れですか?」

「……あー、手紙か」

「ええ。取り次ぐためにどれだけ手を尽くし、危険を冒し、対処してきたことか」

「それを言われては仕方がない」


 フツリはあっさりと引いた。


「わかったよ。余計なことはしないし振れ回らない」

「頼みます」

「せめて理由くらいは聞いてもいいかな? アキレアとエルダーの結婚に反対の理由は?」


 エルダーはふと、視線を感じた。

 フツリではない。

 そのことに気づくと、ジードの目から少しも視線を動かせなくなってしまった。


 ゼラが見ている。


 長い前髪の隙間から、息を潜めて、どこまでも自然に、エルダーしか見えていないように、じっと。

 心臓を掴まれているようだった。

 喜びでどうにかなってしまいそうなほど、胸が騒ぐ。


 それを断ち切るように、アキレアがエルダーを指さした。

 


()()は、家族が多いんです。それも、面倒な家族が」

「どういう意味かな」

「……イノンは父親で、フェーネは兄で、レカは弟、ロムは双子の姉弟のような役割なんです」

「なるほど?」


 フツリから見下ろされる気配を感じ、エルダーはジードに向かって微笑んだ。


 駄目だ。しっかりしないと。


「いやだわ、お兄様。私にとって最愛の兄である自分を紹介するのを忘れていらっしゃいますよ」

「なるほど」


 フツリがもう一度頷く。


「君を守る者は多くいるようだね、お姫様」

「目が曇っておいでのようですね、お母様」


 エルダーはフツリを見上げる。



「彼らは私を守ってなんていません。哀れんでいるのよ――あなたもね」



 フツリは無邪気に目を細めた。


「可哀想な者ほど可愛いじゃないか」

「まあ、素敵。愛情ですね」

「形は色々あるからな」

「ええ、わかります」

「君の愛情は深そうだ。抜け出せなくなりそうだな」

「試してみますか?」

「やめとくよ」


 ひらひらと手を振って、フツリはこの場から離脱するように切り替えた。


「ではな。私は休む」

「おやすみないさませ、お母様」

「ああ。明日からは自由に動いて良いよ」

「そうさせてもらいます」

「ジードも――それからゼラ殿も、ゆっくり過ごしてくれ。これから先は長い。今日の話で、互いに(わだかま)りは溶けたと思っていいだろうか」


 尋ねているくせに尋ねていない。

 肯定以外を聞く気のない尊大な態度だが、その姿勢は美しかった。


 よく独身でいられたものだ。

 エルダーは密かに思う。この年齢で人を圧倒させるのだから、若い頃は壮絶なほど立ち居振る舞いともに美しかったに違いない。

 敵国の王が狂ったほどに。


「ええ」


 ゼラが穏やかに返事をする。


「時間を作ってくださったこと、感謝いたします」

「……ゼラ殿も、一緒に戻るか?」

「いいえ、少し話があるので」

「そう。ごゆっくり」


 フツリはそれだけ言うと、部屋を出て行った。

 嵐が通り過ぎたような静寂に包まれる。

 

 とにかく部屋を出なければ。妙に居心地が悪い。


 エルダーがもっともらしい言い訳を思いつくよりも先に、ゼラが動いた。

 ソファから立ち上がる。

 部屋から出ていくのだろうと思っていると、エルダーの右腕が強引に引っ張り上げられた。


 顔を上げ、失敗した、と悟る。

 見てはいけなかった。

 紺碧の夜空のような目を見てしまうと、動けなくなってしまう。


 幼い頃に二人でベッドに潜って、眠れるまで話していた幸せな記憶が蘇った。


 エルダーの目が一瞬潤む。

 


「ゼラ」


 ジードが止めても、ゼラはその手を離さなかった。




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