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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
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「――君の母親は、君が生まれてすぐに死んだ」


 フツリは目を伏せてそう口にした。


「自殺ですね?」


 何でもないことのように聞き返したゼラに、フツリは苦しげに「そうだ」と頷く。


「そうですか。苦しみましたか?」

「いいや」

「よかった」


 その声が、まるで無垢な少年のもののように聞こえて、エルダーは思わずゼラを見た。

 自分の手を見つめるゼラは、安堵したようにゆっくりと息を吐く。自分の存在を確かめるように、組んだ両手を優しく握り込んだ。

 エルダーの柔らかいところまで握られたような心地になる。

 今すぐそばに行きたい。



「ゼラ殿」


 フツリの声がエルダーを止めた。

 呼ばれたゼラが視線をあげる寸前で、ゼラから目を離す。助かった。

 

「はい」

「君の母親は、君を恨んだりしてはいないことだけは知っていて欲しい。それどころか、行く末を心配していた」

「自殺を選んでおいて?」

「そうするしかなかったんだ」


 無垢な目がフツリを責め立てている。

 ただただ見つめるだけで、フツリが追い込まれていくようだった。


「ふ」

「……ゼラ殿」

「ふふ。そうですか。自殺するしかなかったというのなら、母は生き続けたかったのですね。彼女の尊厳を奪った男の子供に、命まで無理矢理奪われた――可哀想な人だ。腹にいる私を始末すればよかったのに。忌まわしい子を希望の種などと思いこむくらいなら、さっさと殺してしまえばよかったのに」

「やめなさい!」


 声を荒らげたフツリは、ハッとしたように俯いた。


「申し訳ない」

「いいえ。フツリ殿が私のことを思ってくださっていたことは、手紙からよく伝わってきていました。心から心配してくださっていた――私への後ろめたさがあったのですか? それとも、父と似ぬように見張ってくれたのかな」

「……好きな方を受け取りなさい」

「ふふ。そうさせてもらいます」

「他に、聞きたいことは」

「一度でかまいませんので、母の墓を訪ねたいのですが」

「ない」


 フツリが冷たく突き放す。


「君の母親の墓はない」

「……そうですか」


 その返事は想定済みだったらしく、ゼラはどこか満足したように目を伏せた。感謝を示すようにフツリに頭を下げる。


「わかりました――話していただき、ありがとうございます」

「いや……話すのが遅くなって申し訳なかった」


 フツリがわずかに肩の力を抜いた。警戒を解いたのか、それともゼラに対して申し訳なく思っているのか。

 どちらにしても、エルダーにはフツリの「言わなければならないこと」は全て話したように見えた。

 これ以上は何も話さないだろう。


 ゼラは頭を上げると、フツリを穏やかに見つめた。


「今朝、皆の前で尋ねたこと、お詫びします」

「君のことだから考えがあってのことだろう。頭には来たが、あれはあれで正しかった気がするよ」

「他に誰が知っていますか?」


 ゼラの問いに、フツリは一瞬考えてから答える。


「女王陛下だけだ」


 どうやって、と思ったことを見透かしたように、フツリは続けた。


「当時私は休養に入っていた。ここから離れた場所でね。そこに彼女を置いて世話をしていた」

「父から隠れていた、と?」

「そうだね。あとは高齢の二人の侍女がいたが――もういないので、このことを知るのは私と女王陛下と、それから君たちだけだ」

「口外はしません」

「助かる」


 フツリの言葉は全て本心のように思えた。

 アキレアから聞いた話も忘れていない。でも、なんだろうか――この奇妙な違和感は――

 


「ああ……そういうこと」



 エルダー無意識に呟いていた。

 フツリは、自分が歪ませたものを正そうとしているのだ。オーディルーで生まれたゼラに、これからはここで穏やかな日々を送らせてやりたいのだろう。

 

「エルダー?」


 フツリに呼ばれ、エルダーは顔を上げた。

 こちらを見ているフツリに笑いかける。自分の過ちをなかったことにしたい哀れな女に。


「エルダー、どうした」

「いいえ、少し考え事を」

「なにか気になることでもあったかな」

「お二人の話の邪魔をするほどではありません」

「ほう、この母に言えないことか?」


 食い下がるフツリに、エルダーはころころと笑った。


「いやだわ、お母様。本当にどうでもいいことなのよ。ただ、わかるなあって思っただけですから」

「なにがだ」

「あなたの呪与士の気持ちが。主のためならば、他の者のところで務めを果たせますもの。私もね」


 思ってもみない発言だったらしく、フツリは目を丸くした。そこからじわりと口角を上げる。


 ゼラの兄であるリュゼを不能にしたことでも思い出しているのだろう。あれは襲われたものだったし、兄から弟への嫌がらせだった。応じたって何にもならない。

 けれど、命令だったなら応じただろう。


「君は随分純粋なんだな」


 フツリはそう言うと、突然エルダーの右手を取った。


「イトセと仲良くしてやってくれ。あの子も私にとっては可愛い娘なんだ」


 逃がさない。

 そう言われていることくらいわかる。

 エルダーはそっと握り返した。


「ええ。わかりました」

「頼んだぞ」

「仲良くしますから、安心してくださいませ」


 殺すな、と言われているので、殺しません、と返す。

 彼女がゼラに安寧をもたらすのなら、殺す理由はない。


 フツリはパッと手を離し、立ち上がった。

 エルダーを見下ろす。


「そうか――では、()()()の結婚を認められるように動いてやろう」

「それはどういう意味かしら」

「君とアキレアとの結婚だよ」

「あらまあ」


 この女、知っている。

 アキレアが何を頼んできたのか、知っている。そんな確信がインクをこぼしたかのように広がっていく。


 フツリは、ゼラをここから出す気がないのだ。

 


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