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呪与士は人を騙す。
黙り込むフツリを許すように、ゼラは無邪気に笑った。
「あなたが悪いのではない。人を騙す呪与士が悪いのだ――父はいつもそう言っていました。呪与士という存在は正しくなく、治癒士こそが正しい。正しいグレフィリアにあなたを連れてくるために、したくもない争いを続けている、と悲しんでいました。恨んでいました――私の母を」
「……ゼラ殿」
「母は父を騙したそうですね。あなたの格好をしていて、間違ってしまった。間違える父も馬鹿ですが……あの人はあなたを言葉通り死ぬほど想い焦がれていたので、仕方なかったと思ってあげてください。妻子もいる男が、それでも幼い頃の初恋を忘れられないなんて、愚かでしょう。私は、父があなたをどれほど愛しているのかを毎回聞かされてきました。けれど不思議と、その父だけは嫌いではなかった。可哀想で……必死に、会いたい会いたいと泣いていましたから」
「もういい」
「でも、おかしいんです」
フツリが顔を背けても、ゼラは口を閉じない。
「おかしいですよね? 呪与士が勝手に、他国の王に会いに行きますか? それも、主の格好をして。父はすべて呪与士である私の母の仕業だと恨み、呪与士がオーディルーを縛っている諸悪の根源だと言っていましたが――根気よく聞いていくと、ぱらぱらと言っていることが変わるんです。父はわかっていたんでしょうね。呪与士を差し向けたのは、他でもないあなただということを」
エルダーは視線を落としたまま考える。
自分におぞましいほど執心している男に、自分のふりをして会いに行けだなどと、フツリはどんな顔をして従者に言ったのだろうか。
最後の別れを代わりに告げて欲しい懇願したのか、それとも最後に夢の一つでも見せて諦めさせなければ国が滅びると脅したのか――
ゼラは核心に触れている感触を楽しむように、フツリをじっと見たまま瞬き一つしない。
「彼は本当は悟っていたのだと思います。自分はあなたに拒絶され、そのあげく騙されていたのだと。知っていて受け入れられなかったんです。意外と純粋な人でしょう? 女性を襲ったのは事実ですし、最低ですが。それとも、あなたの指示ですか? 子を身ごもって、それを盾にせよ、と?」
「違う」
フツリが言い切る。
静かだが、ハッキリと言ったその顔を見れてみれば、苦し気にゼラを睨んでいた。
「? 何が違うのですか?」
「そんなことは指示していない」
「変ですね。父から聞いた話と違うな」
笑う。
決して笑っていない表情で、ゼラはフツリを刺していた。
「こう聞きましたよ――あなたに再び会う機会があったときに、あなたはまた同じ呪与士を連れていた。私の母です。あなたは母に優しく接し、そして母は父に酷く怯えていた。あなた、言ったんでしょう?」
――やあ、久しぶりだね、グレフィリアの王よ。何ヶ月ぶりだったかな。
「おまえの子だ、と、そう暗に示すために、わざわざ腹の大きな呪与士を連れて訪ねてきたのでしょう? あの時もこれからも、決しておまえに身を許すことはないし、誰を使ってでも拒絶する気だと伝えたかった。そうして一気に絶望でもしてくれれば狂気の愛を削ぐことができる。戦う気力もすべて折ってしまいたかった。けれど残念ながら、父はそういうレベルではないほどあなたを愛していたんです。計算外でしたね」
恋い焦がれる人と思いを遂げた数ヶ月後に、すべて嘘でした、と明かされるなど、趣味が悪いことこの上ない。
絶望する男と、それに微笑む女。
どんなことをしても手に入れたかった女から騙されていたと知った瞬間の男は、いったいどんな顔をしていたのだろう。
「その後の父が過激になって焦ったあなたは、子供が産まれたら必ず渡すと約束なさった。そうですよね?」
「そうだ」
「あなたが私を最初に抱き上げた。だから特別な子なのだと、そう父に言ったことも知っています。どうです、私は上手にあなたの盾になれていましたか?」
悪趣味だ。
フツリも、あの国王だった者も。
フツリは、騙して生まれた子がどうなるのかわかっていたはずだし、あの愚かな王は、ゼラへの扱い一つでフツリを苦しめられることもわかっていた。
ゼラは二人の駆け引きのために差し出された生け贄だったのだ。
ああ。
もう死んでくれていてよかった。
エルダーはほっとする。
同時に、悲しくなる。
ゼラへの仕打ちを知って、こんなにも憎く、殺意まで抱いているというのに、フツリへ心像をかけられそうもない。
彼女が誰かからすでに守られているからではない。
エルダーの強すぎる自制心のせいだ。
ここに剣があれば――
そう思って対面に座るジードを無意識に見てしまったエルダーを、ジードが睨む。
「それで、フツリ殿。何が違ったんですか?」
「訂正したところで、どうにもならないが」
フツリが小さな声で呟く。
「彼女に指示などしていない。ただ、私のためにと動いてくれた。それから……君は希望の種としてグレフィリアに渡された。少なくとも、君の母親はそう願っていたし、我々はあれに約束を取り付けていたんだ」
「希望ですか」
ゼラは驚いたように笑った。あざ笑っているわけではない。ただ、何の冗談を言っているつもりなのか、と本気で驚いているのだ。
「そう。希望だ。君の存在が、彼を止めてくれると」
「確かに……結果的にはそうなりましたね」
「こういう形でなくとも」
フツリの表情が苦しげに歪む。
エルダーは隣を視線だけで見つめる。
兄たちと違い、父親からの本気の暗殺がなかったことを思えば「ゼラを最初に抱きあげたのは自分だ」と伝えたフツリの判断は正しかったのだろう。
フツリの表情など全く意に介さないゼラは、にっこりと笑った。
「まあ、その話はそれでいいです。では、母の死に際を教えていただけますか?」




