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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
72/136

72:それぞれの思惑


 その夜だった。

 部屋の扉がノックされ、相変わらずソファから動こうとしなかったジードが、新聞から顔を上げた。


 エルダーは対面のソファに座って、ジードの真正面で本を読んでいる最中だった。今日初めて目が合う。


 ロムが部屋から出ていった後も、ジードはエルダーと目を合わせようとはしなかった。

 わかっている。

 不用意に触れぬように、けれども一人にしないようにしてくれているのだ。

 不器用で真面目な兄らしい。

 エルダーはくすりと笑う。



「誰かしら」


 エルダーがわざと聞くと、ジードは浅くため息を吐き「どうぞ」と声をかけた。


 ノックをして、返事を待つ――そんなことをするのは一人しかいない。いつもはエルダーが返事をするが、ジードの声がしたことに少し驚いたように、その人は一拍置いてから扉を開けた。


「失礼。今いいかな?」


 フツリだ。

 エルダーは本から目を離さないまま声をかける。


「お母様、またいらっしゃいましたか」

「いたのか。いないのかと思ったよ」

「言ったじゃありませんか。もうどこにも逃げも隠れもしない、と」

「そうだったね」


 それっきり黙る。

 何事かとエルダーが顔を上げると、フツリの後ろにもう一人、影のように寄り添う者が見えた。


「――殿下?」


 ジードが呟く。

 フツリは「そういうことだ」と言わんばかりに頷いた。


「君たちとの約束を守りたくてね。今日話したい」

「わかりました」


 どうやら三人で内密の話があるらしい。ロムの言っていた、ゼラの母親の話なのだろう。ジードが新聞を畳み、ソファを立ち上がる。

 が、フツリは手でそれを止めた。


「いや、ここで話したいんだ」

「この部屋で、ですか?」

「ああ」


 黙るジードの視線を受けて、エルダーは本を閉じる。

 

「そういうことでしたら、私は少し散歩に行って参ります」

「駄目だよ、エルダー」


 立ち上がりかけたエルダーも止めたフツリは、やけに音を立てて扉を閉めた。そのままソファまで一気に詰め、エルダーを見下ろす。


「ここにいなさい」

「……まあ、怖いお顔」

「訳をよく知っているらしいからね。一気に説明しておきたい。君も部外者ではないだろう」

「私は部外者です」

「それにしては知りすぎている」

「愛しい恋人が、教えてくれたので」


 穏やかな顔で言うエルダーに、フツリは切り替えるように目をそらして息を吐いた。


「君と話すと疲れるな」

「そんなに可愛がってくださっているだなんて、嬉しいわ、お母様。隣に座ってくださる?」

「……わかったよ」


 諦めたように笑い、フツリは美しい所作でエルダーの隣に腰を下ろした。優雅に足を組む。この場を仕切るつもりらしい。


 そのフツリの後ろを、ゼラが静かに横切った。

 いつも目で追っていた黒いローブの影がない姿は、まるで清廉潔白で、公明正大な、この国の美しい聡明な王子のようだった。


 これはさぞロムの機嫌も損ねたことだろう。


 胸の痛みを誤魔化すように苦笑すると、隣のフツリが「どうした」と目ざとく声をかけてきた。ゼラがジードの隣に座るのを視界の端に捉えながら、エルダーは「なんでもありません」と軽く流す。


「そうか? では――ゼラ殿、あなたとの約束を果たそう。何から話そうか?」


 試すような言い方をするフツリの対面で、ゼラは目を伏せたまま笑う。


「私の母の話を」

「わかった」


 フツリが低く答える。

 彼女は簡潔に語った。


 ゼラの母親は呪与士であることや、父親は間違いなくグレフィリアの前王であること――ゼラの生まれが、オーディルーであることも。


「君の存在を知ったあちらとの約束で、生まれた後に極秘でグレフィリアに引き渡されたのだが――君はこの国の生まれであることも知っていたみたいだね」

「ええ。知っていました。本人から恨み言を聞かされて育ったので」


 ゼラがゆっくりと視線をあげる。

 フツリを見る目は、責めているようだった。

 エルダーは隣に視線を向ける。ゼラの目を受け止める、泰然としたフツリがいた。


「全て知っている、と?」

「いいえ。きっと全てではないかと。ですからこうして、あなたに話を伺いたいのです。あなたから聞くことが意味がある。そうでしょう?」


 少年のように無垢な目で、それにしては酷く悲しい目で、フツリを責め立てるゼラは微笑みを絶やさない。


「私の父が何十年も執着したフツリ殿から、私を身ごもった母の話を聞かなくては意味がない。それとも、私はあなたに失礼なことを言っていますか? 全て父の妄言だったのなら、今すぐ非礼を詫びますが」

「……彼はどんな話を君に聞かせてきた?」


 フツリが真剣に尋ねる。

 対するゼラは「そうですね」と軽やかな口振りで話した。



「私を膝の上に乗せて、いつも同じ話を聞かせるんです。グレフィリアとオーディルーが、こんなにもあからさまに争うようになった歴史を――父は、どうしても欲しいものがあったそうなんです」


 ゼラはフツリから目を離さない。


「だから、争いの種を蒔いた。今までは近隣の民の諍いのようなものだったものを、意図を持って大きくしていった、と。そのために王であった自分の父親すら裏切って幽閉し、国内の反乱分子が少しでも動けば容赦なく粛正してきた。彼は信じていたんです。グレフィリアならオーディルーを屈服させられる。なぜなら、正しいから。()()()()正しく、()()()()正しくない――呪与士は、人を騙すからだそうですよ。身に覚えはありますか? フツリ殿」



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