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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
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「人質って――アキレアくんを?」


 ロムが瞳を輝かせて前のめりになる。

 


 ゼラを愛し、ゼラから殺されたら本望だと思うほど恋い焦がれているロムにしてみれば、イトセの存在は害でしかないらしい。

 ゼラの鋭利な部分を彼女が取り除くのではないかと、本能的に恐れている。

 ロムの執着心はそれを許せない。

 純粋な嫉妬だ。


「……もしかするとあなたのほうが危ないのかもね」


 エルダーが呟くと、ロムは「はあ?」と顔を歪めた。


「なんでもないわ」

「文句があるなら聞くけど」

「人質としてアキレアをもらったの。フツリ様から()了承をもらったわ」

「……それってアキレアくんからもってこと? あの妙な男がエルダーちゃんと恋人ごっこをするって? 本気?」

「あら、笑っているのを見なかったの?」

「見たけど。何あれ」

「可愛いでしょう」

「いやわかんない」


 信じられないとばかりに、ロムが首を横に振る。

 エルダーは手紙を丁寧に折り、便箋に入れた。


「それに、私に相手がいた方がイトセ様が安心するわ」

「……小娘のためだって言うわけ」

「怒らないでってば。疑われない方が安全なのよ。殿下が」

「さっきからなにそれ。殿下殿下って……線引きでもしてるつもり?」


 また奇妙なところで怒るので、エルダーは目を丸くしてからくすくすと笑う。


「いい子ね、ロム」

「エルダーちゃんに言われると嫌味みたいなんですけど」

「じゃあこう言おうかしら。優しいのね、ロム」

「知ってる。優しいよ」

「ふふ」

「だから様子を見に来てあげてるんでしょ」

「……あらまあ」


 スラーから追い出されたわけでも、怒りに任せて乗り込んできたのでもなく、エルダーの様子を見るために来たのだとロムは言う。


「優しいのね」

「さっき聞いた。覚えてるかわからないけど、一応、君の味方になったから。さっき――庭で、君、凄い顔してた」

「そんなに怖い顔したかしら」

「綺麗だった」


 ロムはテーブルの一点を見るような遠い目をして腕を組んだ。


「今すぐ人を殺すような、綺麗な顔してた」


 まるで、その記憶でのエルダーの中にゼラを探すような、そんな目をしている。


「――誰も殺さない代わりに、ゼラ殿下を無視して攻撃するくらいだから、相当、堪えてるのかと思ったけど。どうなの」

「逃げられないって、悟っただけ」


 正直に答えたエルダーを、ロムは視線だけでちらりと見た。


「私は何があっても逃げられないから、お前はいらないって言われるまで自分にできることを探すわ」

「……いらないって言われたときは?」

「ようやく楽になれるんだって思うかもしれないわね」

「可哀想」


 ロムが呟く。


「哀れだね、エルダーちゃん」

「ありがとう」


 エルダーの笑みに、それは嫌味ではないことがきちんと伝わったらしい。ロムはため息を吐くと、組んでいた腕を解いた。


「怒ってないのが怖いよ。きちんと怒ったほうがいい」

「どうして?」

「そうやって押し殺すと、重なって重なって、突然周りが予想もできない動きをする。そういうの、迷惑」

「ああ……でも大丈夫。私、辛抱強いの」

「知ってる。イノンが、逆にどこから暴れるのかわからなくて面白いよって言ってたし。でもそれ全然面白くないから。爆発するくらいなら、今日みたいに隠れなよ」


 どこかで自分の話でもしていたらしい。

 エルダーが笑うと、ロムは「本気で言ってるから」と念を押す。

 フツリに対して「もうどこにも、逃げも隠れもしません」と言ったあの言葉が、ロムにも届いていたとは。


「探してあげるから」

「本当に味方になってくれるのね」

「だって可哀想でしょ」


 エルダーを哀れみ、ロムは自分を慰める。

 今、お互いが深い理解で繋がっているのだと思うと、不思議と少しだけ浮上できたような気がした。


「嬉しい。でも、探さなくていい――次に私が消えるときは死んだときだから」


 視線がゆっくりと合う。

 ロムの口元が、少しだけ笑んだ。


「馬鹿だね」


 優しい響きに、エルダーは見つめ合ったまま微笑む。


「で、小娘に嫉妬しているあなたは、この先を見たくないからってここから出て行くの? 私は探さないわよ?」

「うわー」


 ロムは一気に表情を変えた後、苦笑する。


「それでこそだよねー」

「ロムもね」

「ゼラ殿下の母親の話、知ってる?」


 あら、油断ならない。

 エルダーはこのタイミングで聞いてきた意地の悪さに感心しながら答える。


「聞いたわ」

「誰から?」

「アキレアから」

「ふうん。ジードはやっぱりエルダーちゃんの怒りに不用意に触れるのが怖くてずっと黙ってるんだ?」

「繊細なの」

「嘘だあ」

「オーディルーのどこにいるのかしら……殿下のお母様は」


 ロムがエルダーを見る。


「死んだってさ」

「……死んだ?」

「そう。年増の王女がそう言ってたよ」

「あなた口が悪いわよ」


 死んだ?

 ありえない。呪与士が、死ぬ?


「あの口振りだと、自殺っぽい」

「……他には?」

「どんな人だったのかは全く話そうとしなかった。ただ、聞かれたくない話だったのは確か。相当込み入ってるんでしょ? ジードがいないと話さないって」


 ロムの視線に気づいているだろうに、ジードは全く反応しない。ロムは諦めたように立ち上がった。


「これ以上この話をして長居をしたらジード兄さんに怒られそうだから行くね。ついでに、そろそろ邪魔でもしてあの小娘を引き離してくる」


 後者の方が本音だろう。

 素直に嫉妬できるロムが、エルダーは羨ましくなった。


「あ、そうだ、エルダーちゃん」


 ドアノブを握ったロムが振り返る。


「ゼラ殿下、フツリ様に君を従者扱いされて怒ってたよ。大切にされてる。名前くらい呼んであげたら?」

「――変なことを言うのね。私じゃなくて、あなた達を従者扱いされたから怒ったんでしょう?」


 エルダーの返事に、ロムは目を見開いた。

 かと思うと、にっと笑う。



「なんだ。ちゃんと怒ってるんだ。よかった」



 満足したように、ロムは扉を開ける。

 最後に「邪魔は任せてね」と楽しそうに言って、軽やかに出て行ったのだった。



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