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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
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 従者だ、と言ったエルダーに、イトセは首を傾げてゼラを見た。

 ゼラが何かを言う前に、エルダーはフツリに向かう。



「――お母様、イトセ様との顔合わせはこれで失礼してもよろしいかしら。お二人の邪魔をしたくありませんので」

「……ああ」

「ありがとうございます。では、私はこれで。アキレア、あなたどうする?」

「一緒に行く」


 アキレアがエルダーの腕を取る。

 その動作が、エルダーの押し殺した気持ちを正しく理解しているような気がして、ふと頬がゆるんだ。

 幸せに微笑んでいるように見えたのか、イトセは「まあ」と何度目かわからない感激に身を震わせている。


 なんて可愛いのかしら。


 エルダーは彼女の魂の輝きが羨ましかった。

 嫉妬ならば良かった。

 エルダーの内側が、冷えて、固まって、重く沈んでいく。


 この子は何も悪くない。

 ふいに、マリーとモナルダの顔が浮かんだ。死んだNo.6の姿も。

 この子はあれらとは違う。

 殺す必要もなければ、ゼラがそれを求めているわけでもない。

 彼女が――彼女だけがゼラに平穏を与えられる人間なのだ。


 エルダーは酷く悲しい気持ちで、アキレアと共にその場を出て行った。

 初めて裸足の足が痛んだ。




    ○

 



「何あれ。何やってんの」


 不満だ、と顔に書いて部屋に入ってきたのは、ロムだった。開口一番に、エルダーに悪態をつく。


「……ノック位したらどうだ」


 ソファで書類を見ていたジードが窘めても耳も貸さず、ずんずんと部屋に入ってくると、丸テーブルで手紙をしたためていたエルダーの前の椅子にどかりと座った。机が揺れる。


「いやだわ、字が」

「エルダーちゃん」

「ロム、まずノックをして」

「は? なんでよ。君とジードが見られちゃマズいことでもするわけ?」

「フツリ様がいらっしゃるときだったらどうするの?」


 煽るロムをかわしたエルダーが言えば、ロムは「わかったよ」と不満げに腕を組んだ。

 エルダーはペンを走らせながら相手をする。


「それで、どうかしたの?」

「どうかしたのって――あれなに、ずっと殿下を無視してたでしょ。なんで?」


 そこなのか、とエルダーはおかしくなる。

 さすが、ゼラが第一優先のロムだ。


「それよりも、あなたたち、殿下に友人だって紹介されていたたのね。よかったわね、嬉しかったでしょう」

「あの馬鹿な王女を殺してくれると思ったのに」

「ロム」


 エルダーが叱るように名前を呼ぶと、ロムは憤慨したように顔を歪ませた。


「エルダーちゃん、知っててそれ? なに? 余裕ぶってんの?」

「ちょっと落ち着いたらどうなの」

「たった二時間前のことでどう落ち着けるって言うのさ」

「ジードはこうしてそっとしておいてくれてるけど?」

「君が怖いだけでしょ」


 これは相当腹に据えかねているらしい。

 ロムが部屋に来れたのは、鬱陶しくなったスラーにでも追い出されたのだろう。


「殿下はあなたが離れることを許可しているの?」

「王女様とまだ一緒だけど?」

「なるほどね。レカとフェーネは?」

「あっという間に向こうの侍女と意気投合してる」

「そう」

「……スラーはいるから、大丈夫」


 仕事を放り出してはいないらしい。手紙から顔をあげたエルダーは、ロムに向かって微笑んだ。


「そう」

「あれで、一番腕が立つから」

「スラーが? 意外ね。やる気がなさそうなのに」

「ないからいいんだって」


 ジードがそう言ったのだろう。笑って流して再びペンを走らせはじめると、ロムが「あのさあ」と唸るように呟く。


「なに?」

「話を綺麗に逸らさないでくれる?」

「そんなつもりはないわ」

「あの小娘が、ゼラ殿下になんて言ったか知ってる? ゼラ様とならば、一緒に歩んでいける。そう、思っています――って言ったんだよ?」


 ああ、それがロムを怒らせたのだ。

 ゼラに婚約者ができたことでもないし、エルダーがゼラを無視したことでもない。

 彼女の無邪気で汚れのなさが――それがゼラを深く傷つけることになることに、ロムは怒っている。

 彼女の存在がゼラを傷つけることが、許せないのだ。


「優しいのね、ロム」

「はあ?」

「これは……男と女の違い、なのかしら」

「何の話?」

「あなたは殿下が傷つくと思ってるけど、私はそう思っていないっていう話よ」

「嘘でしょ」


 絶句するように、それでいて非難がましい声を向けられる。


「ぬるい日常に一緒に沈めって言ってるんだよ?」

「幸せになりましょうって言っているのよ」

「同情してた」

「寄り添ったの」

「殿下を下に見てる」

「いいえ。対等よ。ロム、わかるでしょう。イトセ様だけが殿下と対等であれるの。それがどういうことかわからないほど馬鹿じゃないでしょ?」

「嫌だ」

 

 エルダーはペンを置いた。手紙を伏せる。


「ロム」

「こんなところで枯れさせられていくところなんて見たくない」

「じゃあここから出て行く? あなたがいなくても、腕の立つスラーがいれば大丈夫なんでしょ?」

「……ちょっと、優しくないんだけど。慰めたり同意したり、そういうことしてくれないわけ?」

「そういうこと私にされたいの?」

「自分より怒り狂っている人を見たら落ち着くから」


 あっさりと言って、ロムは「はあ、どうしよう」と目論見が外れたように駆け引きから降りた。


「で、なんでアキレアくん?」


 切り替えたロムは次の話題を持ってきた。

 

「君はフェーネくんとできてたんじゃなかったっけ?」


 切り替えた先の話題も微妙だわ。

 エルダーが苦笑すると、ソファに座っていたジードがロムを睨んだ。仕方ないので助ける。


「あら、その話を聞きたいの?」

「さらっとだけね。詳しくはいらない」

「ふふ。じゃあ、少しだけ。フェーネとは何でもないわ。それからアキレアのことは人質にもらったのよ」



 そう言った途端に、ロムの瞳は曇りが晴れるように輝いたのだった。


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