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目があった瞬間、それは驚いたように見開かれた。
「アキレア様」
エルダーが呼ぶと、ゼラとジードも扉の方を見る。
三人から見つめられたアキレアは、音も立てずに扉を閉めてから、エルダーに尋ねた。
「……なにを、しているんだ?」
「お茶会です」
「お茶、会」
「はい」
「聴取ではなく?」
「はい。ゼラ様の紅茶をいただいているんです。淹れるのがとってもお上手なんですよ」
エルダーが穏やかに笑うと、アキレアはようやくテーブルの上の和やかさが目に入ったらしい。納得したように頷いた。
「そうか」
「あの、僕、ゼラと申します。殿下の護衛で……護衛って言っても世話役なのですが」
「知っている。いつも食事の配膳をしてくれている方だろう。声でわかった。そちらが、ジード殿、ですよね?」
いつもよりも雰囲気が砕けている様子に戸惑ったように確認するアキレアを、ゼラが屈託なく笑う。
「ジードは殿下以外にはこんな感じですよ。横柄なんです。アキレアさん、よければ座りませんか? レモンケーキがあるんです。美味しいですよ。ね、エルダーさん」
「はい。とっても美味しいですから、ぜひ」
「わかった」
こくんと素直に頷いて、白いローブに身を包んだアキレアが静かに忍び寄る獣のようにやって来た。姿勢良く椅子に座っている様子は、なんだか妙な感じがする。
獣のようであるのに、とてもよく躾られている気がするのだ。
エルダーがくすりと笑うと、アキレアはこちらを見た。
「どうした」
「いえ。アキレア様も、素顔でいてもローブを着てしまうのだな、と思いまして。私もですが」
「これだけは脱げないな」
「わかります」
紅茶とレモンケーキが置かれると、アキレアはゆっくりと綺麗な所作で丁寧に口に運んだ。その様子を、ジードが黙って見ている。代わりにゼラが口を開いた。
「アキレアさん、どうですか。お口に合います?」
「ああ。とても美味しい」
アキレアは何度も頷く。
甘いものが好きなのか、レモンケーキはあっという間に消えてしまった。
「よかった。いつもこの時間にお茶とお菓子を用意していますから、アキレアさんもぜひいらして下さい。いつかみなさんが談話室に集まってくれたらなあと思っていたので、嬉しいです」
ゼラがほわんと朗らかな空気で言うと、それまで黙っていたジードが鼻で笑う。
「なぜ部屋から出てきた? こもっていただろ」
無愛想で不躾な質問にもアキレアは表情を変えずにあっさりと答える。
「エルダーが庭を歩いているのが部屋から見えたので」
「まあ。お話に来て下さったんですか?」
エルダーが微笑みかけると、アキレアは軽く頷いた。
ジードが窓の指を指す。
「庭は向こうのはずだが? 談話室に入ってきた理由は」
「庭に出る階段を降りようとしたんですが、殿下が見えたのでつい、方向転換を。そうしたら、談話室が行き止まりで」
「アキレアさん、もしかして逃げてきたんですか?」
ゼラが驚いたように尋ねると、アキレアは無言で肯定した。
エルダーが首を傾げる。
「殿下はお気づきじゃなかったのかしら」
「気づいていただろうな」
ジードの言葉に、ゼラも頷いた。
「気づいていらっしゃったでしょうね。殿下、お一人でした?」
「いや、眼鏡の」
「ああ、スラーですね。じゃあ、彼が止めたのでしょう。殿下を諫める担当なので」
「……諫め……?」
「はい。殿下は僕らにそれぞれ役割を求めておいでです。スラーが与えられたのが諫める役なんです」
「本人は心底嫌がってるがな」
「だからですよ」
ゼラの穏やかな物言いは、護衛の四人がそれぞれ信頼しあい、そしてなによりも主を信頼していることが滲んでいるようだった。
長く休息の洋館に出入りしているが、ローブのフードをとって初めてそれがわかる。
なんとなく嬉しいような気持ちになり、紅茶を飲んでゆるんだ表情を誤魔化した。
「ああ、そういえば」
穏やかな空気になっていたテーブルの上に、ずっしりと重い声が乗る。
ジードだった。
わざとだ。エルダーがちらりと見る前に、ジードは話を戻した。
「彼らは私を殺しません、だったか?」
「……?」
「だ、そうだ。アキレア、お前たちはエルダーを殺さないんだと。治癒士による殺人はもうないと言い切れるか?」
ジードが反応を見ている。
アキレアは驚いたようではあるが、戸惑うことはなく、挑発的な目を受けても、やはり表情を変えなかった。
しばらく見つめ合った結果「こいつには無駄」と判断したらしく、ジードが視線を寄越してくる。
エルダーは静かにカップをソーサーに置いた。
「……ジード様。彼らは私を殺しません」
「理由は」
「――今私を殺せば、グレフィリアに背いて自らの裁量で力を使うと宣言するも同じだからです。我慢ならずに私怨で一人を手に掛けたというのと、それをきっかけに力を振るうことを制御できなくなったのとでは天と地ほど違いがありますから。ですから、殿下は我々にそのままでいろと仰ったのでしょう? お互いの顔を知ったまま、いつでも殺せるこの状況で、決してそれをせぬと証明して見せろ、と」
「俺たちの誰かが、今死ねば」
エルダーの続きを、アキレアが語る。
「誰か一人でも死ねば、殿下は残りの治癒士を問答無用で処分なさるだろうな」