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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
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 フツリに連れられた場所は、中庭だった。


 中央にこじんまりとした東屋があり、そこに三人ほどが立って談笑している。

 一目でわかった。

 三人の中の小柄なそれが、ゼラの婚約者となる末の王女である「イトセ殿下」らしい。豊かな金糸のような髪が靡いている。


 ロムは先を歩く赤い背中を睨む。

 ローブの美しい花の刺繍が禍々しく感じるのは、先ほどのゼラとのやり取りのせいかもしれない。

 

「イトセ」


 そのフツリが片手を上げ、慈しむように呼ぶ。

 呼ばれた少女は遠くから見てもパッと顔を輝かせて、東屋の中から出てきた。


「フツリ様!」


 可憐な子が響く。

 薄いラベンダー色のそのドレスは、ドレスと言うには控えめだ。無邪気な笑顔が溌剌と輝いている少女を見て、ロムは見たことのない生き物を見た気分になる。


「待たせてすまなかったね」

「とんでもありません! お忙しい中でこうして時間を作ってくださって、ありがとうございます……あの、そちらの方が?」


 大きな目。感情豊かな表情。バラ色の頬。

 それらがフツリの後ろに立っていたロムに向けられて、思わず目を剥く。


「……」

「これ、イトセ」


 びっくりしているロムの代わりに、フツリがくすくすと笑って窘める。


「紹介するまで待ちなさい」

「し、失礼しました」


 焦ったように頭を下げた少女に、ロムは「頭を上げてください」と声をかけ、いつものように人懐っこく笑ってみせた。

 フツリが見ている。


「初めてお目にかかります――護衛のロムと申します。ゼラ殿下はこちらに」


 そう言って、道を空けて頭を下げる。

 穏やかな風を連れて前に出てきたゼラは、なんの気まぐれか、ロムの頭をそっと撫でて行った。


 目を見開いたロムの瞳が、濡れるように喜びに光る。ゆるんだ頬をどうにか元に戻してから頭を上げ、ゼラの後ろ姿を追いかける。


 その向こうで、少女が恋に落ちていた。


 頬を赤らめて、息を止めて、瞳がこぼれ落ちそうなほど、ゼラを見つめている。


 可哀想に。


 きっと、ゼラは少女に向かって微笑んでいる。物語に出てくる優しい王子のように、一歩ずつ、距離を縮めていく。


 可哀想に。


 ロムは期待と希望に震える美しい少女がこの瞬間から不幸になったことを、心底気の毒に思った。








 彼女が連れていた二人のメイドは、ロムと同じ立場らしい。その隙のない立ち姿でわかる。フツリの手前、わかりやすく警戒はしていないが、リラックスなどしていなかった。

 こちらはぞろぞろと六人も連れているのだ。警戒しない方がおかしい。奇妙に張りつめた空気を気にする様子もなく東屋の中で向かい合って座る主役の二人は、自己紹介を終えて和やかな空気で儀礼的な会話を終えたところだった。


 ゼラから少し離れた背後に立つロムは、右隣に立つイノンが空気を読まずに「ふうん、さすが王女様だ」と小さく呟いたので、肘で押して「黙ってて」と睨む。

 どうやら反対側に立つフェーネにも叱られたらしく、イノンはすぐに口を閉ざした。フェーネの隣のレカはくすくすと控えめに笑い、スラーはどこも見ないように一人遠くを見ている。

 ジードから睨まれたロム達は、スラーと同じように気配を消した。


 フツリは少女の隣に座っているが、口を挟むつもりはないらしい。姉の手助けはないと知ったイトセは、勇気を出すように小さな唇をふるわせた。


「あ、あの」

「ゼラで結構ですよ、殿下」

「そ、それでは、ゼラ様……あの、私のこともどうか、名前で呼んでくださいませ。同い年だと聞いております」

「ありがとうございます、イトセ様」


 かっと顔を赤くしたイトセは、慌てたように視線を手に落とす。

 しかし、すぐに何かに気づいたようにまた顔を上げた。

 今度は冷静な目だった。人との向き合い方を教えられた王族の姿は、フツリによく似ている。


「ゼラ様、失礼ながら、お茶の用意はしておりません。その方が、安心かと思いまして」

「お心遣いに感謝します」

「次にお会いしたときには、お茶をお出ししても?」

「ええ、もちろんです。楽しみにしています」

「よかった。その時は、皆様も」


 明るい表情でこちらを見るイトセと目が合う。

 ロムはとりあえずにこっと笑って返した。何故か向こうからも笑顔を返される。


「ゼラ様が連れていらっしゃる方々は、皆お優しいのね」

「私の友人です」

「まあ!」


 自分のことのように喜んで、イトセは安心したように肩の力を抜いた。


「そうですか……では、寂しくはありませんね」

「私のことを、聞いておいでですか?」

「はい。アキレアから」


 イトセから出てきた名前に、ロムは「生きてたんだ」と心の中で呟く。


「私、兄のように慕っていた彼が、彼のままで帰ってきてくれたことが嬉しかった……あなたのそばにいたからなのですね。お兄様を守っていただいたこと、感謝してもしきれません」


 アキレアが何をどうこの小娘に話したのかは知らないが、どうやらその話で、イトセは会う前から「ゼラ殿下」に傾倒していたらしい。

 ロムは表情に気をつけながら耳を傾ける。


「勝手に聞いていたこと、気分の良いものではありませんでしょう。ごめんなさい」

「いいえ。当然のことです」


 ゼラの返答は常に短く、余分なことは言わない。

 しかし、それでもイトセが不安になっている様子がないのは、ゼラが安心させるような表情で向き合っているかららしい。

 ロムから見えないのが、残念でならない。

 イトセはじっとゼラを見つめた。



「ゼラ様に伝えておかなければならないことがあります」



 イトセの目は揺らがない。



「私との婚約は、ゼラ様の一存で決めていただいて結構です。正直に申します――私は庶子です。そして、正しい王族の子でもありません」



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