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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
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「フツリ殿。私の友人達へのご配慮に感謝いたします」


 ゼラが目礼する。しかし、すぐにフツリを貫くような視線で射抜いた。

 何かを仕掛けようとしている。ロムの足下がざわついた。


「では、この婚約を結ぶ上での私との約束を、覚えておいでですか?」

「ああ、覚えているよ。でも今はその時ではない」

「いいえ、今です」


 ゼラが封殺する。



「私の母に、会わせていただきたい」



 言葉の意味を理解するまで、数秒。

 ロムは周囲をさっと見渡した。誰もそれを知っていた様子ではない。それどころか、互いにそれを確認している視線と目が合うばかりだ。



「――困ったな。この話は内々に、ということではなかったかな?」


 フツリの声に苛立ちが滲む。どうしてか、ロムは首根っこを捕まれたように身を引いてしまった。母親を怒らせてしまったときのような、無条件で降伏したくなるような心許なさと気まずさがロムの肩を掴む。

 が、ゼラは微笑みを絶やさない。


「内々に、ですか。ええ、そうですね」

「……そもそもジードと聞くという約束だが」

「だそうだ。入っておいで」


 ゼラが声をかけると、扉がそっと開いた。

 いつからそこにいたのか、ジードは物音一つ立てずにゼラの隣に並んだ。その肩を、ゼラが叩く。


「さあ、これで何も問題はない」

()()()、狙っていたね」


 静かな怒りが火のように走り、瞬間的に怒気が膨らむ。

 ロムは彼女の本質を垣間見た。


 激しい女だ。

 これは、母親のような思いやり深い顔をして、親しげで寛容に見えるが内面は激しい女なのだ。苛烈で、支配的で、自らの立場を教えられて育った王族らしい人間。その中でも一握りの教育を受けた人間だ。

 この女は、オーディルーの頂点に一番近い場所にいる。



「フツリ王女殿下」


 対するゼラの目は、どこまでも凪いでいた。


「私を使()()()()ようですので、使い方をこうして教えて差し上げているのですよ?」

「ほう、父親に似ているとは知らなかった」

「ふふ。怒らせたいのでしょうが、無駄だ。私は父親に似ています。あの情けないところがそっくりでしょう。それから、執着心もよく似ている」

「脅しているつもりか」

「いいえ……ですが、興味はあります。どうしたらあなたを脅せるのか、是非教えていただきたい」

「おまえの母は死んだ」


 空気が凍り付く。

 未だこの状況に追いついていない面々を残して牽制しあっていた二人は、途端に口を閉ざして見つめ合った。

 にらみ合ってはいない。

 そのことが奇妙で仕方なかった。


 ふと、ロムは気づく。

 フツリの殺気が消えた。

 知らずのうちに強ばっていた身体の力が抜ける。手のひらが汗ばんでいた。

 状況はわからない。

 しかし、この女がゼラを黙らせようとしていることはわかる。ああ、殴り倒してしまいたい。


「死んだ?」


 ゼラがフツリの言葉を繰り返す。

 無表情に近い。声だけは、ロムの心を優しく揺らすいつものそれだった。あっさりとフツリへの凶暴な感情が静まっていく。


「いつです?」

「おまえを産んで、すぐ」

「絶望して?」


 ゼラがそっと笑い、目を伏せた。

 フツリは何も言わない。問われているわけではないことをわかっているのだ。そうして、浅く息を吐く。

 

「ゼラ殿――この話は後でしたい。私が大人げなかった。申し訳ない」

「流石ですね。謝られてしまってはこれ以上聞くことはできないな。勉強になります」

「君は十分できているよ」


 いつまでも態度を変えずに柔らかく応えるゼラに、フツリはとうとう苦笑して視線を逸らした。光り輝く窓の外へ。


「十分。素質の塊だ」

「……フツリ殿、長い間、手を尽くして手紙を送ってくださり、ありがとうございました。自分を気にかけてくれる方がいたこと、幼い頃から大変励みになりました」

「そうだろうか」


 フツリは悩みを吐露するように呟く。

 

「本当に君の力になれたのだろうか」

「ええ」


 ゼラが微笑む。


「ええ、なりました。これからご覧に入れますよ」









 暖かな日差しの廊下を連れだって歩く。


 全員でぞろぞろと歩いている中、頭を整理しているのがほとんどであるような気がして、フツリの後ろを歩くロムは、目に焼き付けていたゼラの神々しい姿を頭の片隅に置いた。心が落ち着く。



 ――生まれが正しくない王子。



 深い意味などない。そのままの意味だったのだ。

 あの王がオーディルーに向けて使っていた「正しくない」という言葉のままだった。

 ゼラの母親は「正しくない」この国の人間であり、そしてもういない。


 ゼラは会いたかったのだろうか。

 母親に、会いに来たのだろうか。


 ロムは違和感の正体にようやく思い当たる。

 あのフツリを前にして、ゼラが反射的にも怯まなかったのは、彼が「母親」というものを知らなかったからだ。自分を育て、守り、叱り、常に近くにいる確固たる存在の恐ろしさを、ゼラは知らない。


 ロムはこの感覚を知っている。

 エルダーだ。

 彼女もフツリに怯まなかった。それどころか、馬車でも部屋でも、同じように軽やかに喧嘩をふっかけていた。

 彼女を探していたはずのジードはここにいる。

 エルダーはどこに行ったのだろう。



 ふと、ロムはここが休息の洋館の廊下のように思えて、何とも言えない気持ちになった。


 あそこは薄ら寒く、人は出歩かないし、治癒士達は自室に籠もってばかりだった。

 あの場で慕っていた「殿下」だって、レカだったのだ。今思えば、護衛の「ゼラ」とジードが常に「殿下」の常に近くにいて大してそばには居られなかったし、あそこにいい思い出などない。最後の日など、誰かのせいで怒濤の一日だった。

 けれど無性に懐かしい。


 何事もなく、漫然と過ごしていたら自分はどうなっていたのだろう。


 ロムは想像しようとしてやめた。

 恐ろしく虚しかった。

 



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