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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
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「姉さんは昔からそうなんです」


 レカが無邪気にくすくすと笑う。

 イノンも「そうそう」と頷いた。


「気に入らないことがあると、ぱっと隠れちゃったりするんだよね」


 懐かしむように言うイノンを、レカが不思議そうに見ている。どちらかというと怪訝な目に近い。レカが「こちら側」であることに、ロムは密かに安堵する。まともでない奴に、無条件に気を許せるわけがない。

 二人の視線に気づいているのかいないのか、イノンはのんびりと続ける。


「昔、少し叱ったことがあった。なんだったかな――あ、そうだ、確か、他の誰かを褒めたんだ。治癒の仕方がゆっくりで、それがいいって。エルダーも似たような力の使い方をして、そこを褒めていたから拗ねちゃってね。あまりに攻撃的に拗ねるものだから、つい、そういうのは可愛くないからやめなさいって言ったんだよ。他の者についてもらうよって。そしたら」

「いなくなった、って?」


 ロムが呆れたように言うと、イノンは目を細めた。


「いなくなったね。触れちゃいけないところだったらしくて……まあ、不安定な頃だったし。それから一ヶ月、ぼくの前には姿を現さなかったなあ」


 長いな、という言葉をロムは飲み込む。執念深いというか、なんというか。彼女らしいと言えば、らしい。攻撃的に拗ねるというものもどんなものかはわからないが、きっと相当面倒な拗ね方をしたのだろう。微妙に、本当に微妙に、彼女の教育担当だったイノンに同情のようなものをしてしまいそうだった。


「甘えているんです」


 レカが穏やかに言う。


「自分のことだけを想って探してほしい、って。姉さんの甘え方なんです」

「……それは」


 本当に迷惑な、とロムが言う前に、イノンが「可愛いよね」としみじみと呟いた。


「あの一ヶ月、絶対に姿は見せなかったけど、部屋を片づけてくれているし、洗濯物畳んでくれているし、食事の用意してくれてるし、手紙みたいにメモだって置いてくれてるんだよ。なんか可愛くて放置しちゃった」

「ああ――それで一ヶ月も」


 レカが納得したようにこぼす。


「姉さんは、探されているとわかると、すぐに出てきてくれますから。そこまで執念深い訳じゃなくて、コミュニケーションの一つなんです」

「あ、うん」


 見透かされたような気がして、ロムはすぐに大きく頷いた。レカににこりと笑われる。

 よくわからないのだが、この子は割と怖い。姉に毒されている気がする、と毎回ロムは思う。


「いなくなったということは、甘えているということなので――姉さんは大丈夫です。本当に限界の時には目の前まで来てから暴れちゃうだろうし」


 ふふ、と可愛らしく言っているが、言葉は全く可愛らしくはない。そんな騒動を聞いたことがあっただろうか、とロムが記憶を探っていると、レカはその顔に似つかわしくないほどゆったりと笑った。


「その時は相手が一番嫌な手段で、きちんと相手を破滅させます。ちょっと陰湿な方法が好きなようなので、相手は可哀想ですけど……誰にも知られずに暴れるので、お行儀はいいんですよ」


 心配しなくても大丈夫です、とコロリと爽やかな表情に変わったレカを見て、ロムは心底その相手になりたくないと思う。ついでに、可哀想だと言いつつ笑うレカの排除対象にもなりたくはない。

 イノンはロムの肩をぽんっと叩いた。


「うん、心配ない。あの子、意外と辛抱強いから。逆にどこから暴れるのかわからなくて面白いよ」

「……それ絶対、面白くないから。念のため聞いておくけど、昔誰を褒めて機嫌を損ねたわけ」

「ん? んー」


 イノンは少しだけ唸ってから、何故かフェーネを見た。


「ああ……No.16。きみだ。ぼく、昔きみを褒めたよね?」

「いつのことでしょう。覚えていませんね」


 フェーネは笑みであっさりとイノンを撃退した。おまえと話すことはない、と言いたげだったし、イノンもイノンで、珍しく「いつかは覚えていないなあ」と引いた。


「では、殿下――エルダーを探してあげるのですか?」


 フェーネが仕切り直すように尋ねると、ゼラは首を横に振った。



「ジードが探しているから行かないよ。それに、今回は彼女から来てもらわなければ。そうでなければ意味がない」



 そう笑うゼラは、まるで子供同士で遊んでいるかのような楽しそうな表情だった。

 ざらりと底光りする湖底のような目が、無邪気で、純粋で、おぞましいほどに美しい。

 ロムの背を、何かが這う。



「……殿下、よその国でのお遊びは程々になさってください」


 それまで黙っていたスラーが、後ろからそっと声をかけた。

 無表情なのは、諫めるという役割に未だに抵抗を示しているからだ。ゼラが振り返って、スラーに「わかっているよ」と、礼を言うように優しく声をかける。


「すまないね。この後のことを考えると、気分が昂揚しているのかもしれない」

「……できるだけ、平常通りでお願いします。お相手はあなたと同じ十五歳ですが、あなたとは違う王女殿下だと思いますので」

「ふ。なるほど?」

「怖がらせぬように、お願いいたします」

「わかった」



 ゼラは無垢な狂気を引っ込めると、時間を埋めるようにレカにある話題を振った。姉弟の思い出の一つらしい、ゼラの食事に毒があったことに気づいたエルダーが相手に報復した話で、笑いどころは特にないはずだが二人は微笑み合っていた。


 不思議なことに、レカが話し出すと空気が変わる。

 穏やかで、日の当たる場所でまったりと和やかな雑談をしている気分になるのだ。彼が持っているものは恐ろしい、と本能は言っているというのに。


 レカのちぐはぐな印象を、ロムはなんと形容していいかわからない。

 ただ、レカという人間が、ただの姉が大好きな少年であるといい、という願いのようなものが心の隅に過ぎる。


 なんだろう。

 なんなのだろう、この感情は。




 その時、全員がぴくりと身体を強ばらせた。


 視線が扉に集中する。


 数秒後に、それはフツリによってノックされるのだった。




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