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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
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 初代のNo.1のことは、ロムも知っている。

 治癒士として、彼は別格だった。

 清廉にして高潔。

 ひたすらに王に尽くした人であることは周知の事実であり、先代の王が唯一心を許した相手でもあると言われている。

 決して前に出ることなく、驕ることもなく、いつも王を支えるように後ろに控えていたという。


 ロムは先代の王の姿を知らない。

 生まれたときはすでに彼は幽閉されており、その肖像画などは全て撤去されていた。けれど密かに、その人が立派な王であったことをロムは知っている。


 ロムの父親が、先代を「くだらない、情だけで君臨していた愚かな王」と蔑んでいたからだ。代わりに、当時の王を「思い切りの良い、善悪のハッキリしたしっかりした方だ」と褒め称えていたので、当代の王は相当血気盛んで面倒な奴なんだな、とロムは内心馬鹿にしていた。


 なんでも力が解決すると思っているこの父親を近くの役職に置くなど、ろくな王ではない。確かに地位も後ろ盾も功績もある父だったが、ロムにとって尊敬には値しなかった。その男が蔑む先代の王は、さぞ立派な人格者だったのだろう。

 

 先代の王はその弱腰の外交でグレフィリアを危うい立場にしたとして王太子に椅子を追われたが、処刑はされずに幽閉された。人望の厚さを鑑みたのだろう。幽閉先は古びた塔らしく、敷地内のどこかにあるらしいが、ロムがそれを見かけたことはなかった。


 治癒士の頂点に君臨した彼は、自ら進んで王と一緒に幽閉されたのだという。

 気の毒で、変わった男だな、と思ったことを覚えている。


 今となっては、敬愛する人にどこまでもついて行く気持ちはよくわかるが。




「なんか……まともなこと言うんだね」


 イノンの尊敬する相手がその治癒士であることの感想を漏らすと、イノンがぱっと笑った。


「ほめてくれてありがとう」

「いや、褒めてないけど。ただの感想だし」


 でも、意外だった。

 ロムはなんとなくイノンの首筋を見る。

 まず尊敬する人間がいたことも驚くが、それがまともな人間だったことも驚く。

 イノンは一人、うんうんと深く頷いた。


「うらやましいと思わないかい? 自分よりも大切な人間がいるなんて」


 ロムは黙る。自分にはもうすでにいる。ゼラがもし幽閉されるようなことになったときには、迷うことなくついていけると即答できる。

 イノンはうっとりと続けた。


「きっと、そのままNo.1を背負っていれば、自由に暮らせただろうに。それでも、一緒に幽閉されることを選ぶなんて――ぼくも、()()思えるほどの相手がほしい。自分が殺してあげたいと思えるほどの相手がほしい」

「――は?」


 ロムは自分がイノンに何を聞いていたのか一瞬わからなくなった。尊敬する相手の話だったはずだ。

 自分が、殺す相手がほしい?


「何今の。何言ってんの?」


 思わず素で返すと、なぜかきょとんとされた。


「何か変だった?」

「変だよ。ね?」


 真正面から聞かれたロムは、隣のフェーネに同意を求める。奇妙なことに、ゼラ達は気配を消したように何も言ってこない。


「なぜです?」


 フェーネは表情を変えずにイノンを見た。


「なぜ、そう思うんです?」


 もう一度聞く。

 イノンは今度はびっくりしたようにフェーネを見た。


「なぜって……周りの人間全員を殺して守ることもできたはずなのに、彼は閉じ込められた先で一緒に死ぬことを選んだんだから、そうじゃないの? 殺してあげたいと思えるほど相手に執着できるなんてうらやましいってだけの話なんだけど。変かな?」


 一瞬部屋が静まる。

 ロムは大きなため息を吐いた。


「わかった。さっきの撤回する。君、まともじゃないよ」

「これほど深い愛情はないよ?」


 本気で言っている顔だった。

 柔和で、落ち着いていて、ふざけていない。

 ロムは、これとは相容れない、と心底思った。というか、合う人間の方が確実に少ないはずだ。

 そこまで考えて、ロムは再び月を纏う彼女を思いだした。

 これと師弟関係と自ら言っていた彼女。

 頷ける。

 

 ふと、隣に立つフェーネが笑って気配がした。 


「あなた、変わっていますね」


 どうしてだろうか、いつも通りのはずのその声は妙に居心地が悪く、イノンまでもが「あれ、おこった?」と言うほどだった。


「いいえ。感心していただけですよ」

「あ、ほんとう? ありがとう」

「……うっわ」


 素直に受け取ったイノンの反応にロムは顔を歪める。あのフェーネが少なからず反応したのだ。彼もまた、No.1を尊敬しているのかもしれない。ロムは、これからは初代のNo.1の話題は決してフェーネの前で出さないと心の中で誓う。

 ふとその瞬間にゼラと目があって、何故か褒められたような気がした。


「そうだった、そうだった」


 イノンがぱっと思い出したように言う。

 嫌な予感しかしない。空気を読んでいないのか、読めないのか、イノンは軽々と言った。


「エルダーがいなくなったんだって。ジードが今探してる」

「ねえ、それ今言う?」


 いらっとしたロムが不機嫌に言うと、イノンは「うん、今かなと思って」と言ってのけた。


「……絶対今じゃない」

「――あの、それ、本当ですか?」


 レカが控えめに割って入る。おずおずと、けれどもイノンをしっかり見て。


「ほんとうだよ、狂犬くん」

「姉さんがいないんですか?」


 狂犬と呼ばれたことは全く意に介していないように、レカが確認する。イノンが「うん」と短く肯定すると、レカは心配するのかと思いきや、ほっとしたように笑った。


「大丈夫そうですね」


 ゼラに向かって言う。

 ゼラは穏やかに頷いた。心なしか安堵したような目元だ。


 どういうことかとロムがわずかに首を傾げたのをめざとく見つけたイノンが、へらりと笑った。



「あの子が逃げたり隠れたりするときは、見つけてほしいときだからさ。だから大丈夫。ね、今がベストなタイミングだったでしょ」



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