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ゼラの白い背中は凛々しく、後ろに結った髪や、額で分けた前髪を見ていると一国の立派な王子と言えた。上等な服を着ている姿は、どこからどう見ても健全な少年に見える。
けれど、黒いローブを着て、重い前髪で目元を隠すゼラの方が美しい、とロムは思う。
凄絶な孤独をはらんだ美しさをこんなもので消してしまうだなんて、これを用意した者に殺意が湧いてしまいそうだった。
ゼラの身支度を終えたスラーは「終わった」という陰鬱な表情で後方へ下がった。そのまま椅子に腰掛けて、話には絶対加わらないと言いたげに新聞を手に取る。
ゼラはそれを一目見てくすりと笑い、イノンを見た。
「レカとフェーネもしばらく会っていないね……様子は?」
ゼラが言葉を投げると、イノンはゼラの前で恭しく頭を下げてから答えた。
「元気でした。あのふたりは人当たりがやわらかいので、この塔に知り合いが増えたようですよ。サンルームでフツリ殿下の側近や使用人まで自然と集めてお茶会をしていました」
「ふ。さすがだ。心配ないね」
「終わったら殿下に会いにおいで、と言ってしまいましたが、大丈夫ですよね?」
「――はあ? 事後報告とか信じられない」
思わずロムが悪態をつくと、イノンが「あ、そっか」とわざとらしく大きく頷いた。
「ロムの言うとおりだね。ごめんね」
「殿下に謝って」
「ごめんなさい、殿下」
素直に頭を下げるイノンに、ゼラは目元を細めて笑う。
「いいや。大丈夫。今日からはある程度自由だからね。問題はないよ」
「ならよかったです」
ね、とイノンが振り返る。
ロムはゼラの視線を感じてにこりと笑みだけを返しておいた。ゼラが苦笑する。
その慈悲深い微笑みにロムがさっと視線を足下に落としたとき、部屋をノックする音が部屋に響いた。イノンが「はあい」と返事をしながら扉に向かう。
「――あ、二人とも早かったね」
フェーネとレカだ。イノンから促されて部屋に入ると、レカは走る勢いでゼラの元へ向かった。
「ゼラ様! お元気でしたか?」
「ああ」
ゼラはくすくすと笑い、兄のような表情でレカの頭を撫でる。ロムやスラーに見せる顔とは違う。
「失礼。ロムは昨日からこちらなのですか?」
ロムに声をかけたのはフェーネだ。
「うん。そうなった。ジードと交代」
「おやまあ」
フェーネが意味深に笑う。目を糸の様に細めて、ロムをちらりと見た。
「色々と大変でしたね」
「彼女と同室はね。気を使うから」
「そっちの話をしますか?」
「他にどっちの話があるの」
ふふ、とフェーネが笑う。
「そっちは? 大変?」
ロムが聞き返すと、フェーネは「いいえ」と即答した。
「我々は早くから自由に行動していましたから」
「あー……顔見知りが多いって聞いたよ。お茶会までしてるんだって?」
「ええ。まあ、どれだけ動き回れても、残念ながらあなた達の部屋には行けなかったので、こちらはずっと心配していたんですよ」
優しげに微笑まれたロムが「げえ」という顔を返すと、フェーネはいつも通りの底が知れない顔でロムからイノンへと視線をそっと動かす。
「あれの相手は大変でしょう」
「あ、わかる? フェーネくんも似たようなものだけど、あっちは違う方向に面倒で」
「そうですか」
これだ。ありののままをただ見ているだけのような、無風の場所で俯瞰しているような佇まいがフェーネだった。これはこれで面倒だが、相手を尊重し合うことはできる。ところが、イノンにはまるでそれがない。
「あれ、もしかしてぼくの話?」
「やっぱりない」
こういうときは聞いていないフリをするのがマナーだ。ロムがげんなりとフェーネに「これだよ」と告げ口すると「ふふ」と真っ直ぐにロムを見つめた。妙にぎくりとしてロムは口を閉ざした。
「お前たちは似たもの同士だね」
ゼラがおかしそうに言う。
ロムは味方をもらったとばかりにイノンとフェーネを見やって「そうですよね」と顔を輝かせると「お前もだよ」と言われてしまった。イノンがロムを肘でつつく。
「だってさ。うれしいね、ロム」
「全然嬉しくない」
「殿下、うれしくないそうです」
「イノン」
ロムが鋭く睨むと、ゼラは楽しそうに無邪気に笑った。
「仲良くしてくれて嬉しいよ」
だってさ、とイ再びイノンに言われたロムは、思わず身じろぐ。これとは距離がないと、なんだか無性に居心地が悪くなるのだ。こう思ってしまうことも気持ち悪い。
「……あのさあ」
「うん、なんだい?」
「君、誰かを尊敬したりしてる? なんかそういうの持ってなさそうで怖いんだよね」
「へえ、おもしろいこと言うね。ロムが怖いって思う部分がどうしてそこなのかを深く、それはもうふかーく聞きたいところだけど、やめといて――いるよ。ぼくの尊敬する人」
「……誰?」
ロムの訝しげな表情に気を悪くする様子のないイノンは、懐かしむように目を伏せた。
「No.1」
珍しく、静かな表情だった。
「今のじゃないよ、先代の王の治癒士だった初代のNo.1。ぼく、凄く尊敬しているんだ。あの人のような治癒士でありたいって」
「彼のことを知っているのですか?」
口を挟んだのは意外にもフェーネだった。
横顔を見てもやはり何を考えているのかはわからない。ただ、イノンに興味を持ったことだけはわかった。
「ううん。よく知らない。ぼくの世代の世話をしてくれていたのは、今のNo.2だったし、ほら、王太子の――じゃなかった、王太子だった人の、治癒士。それでもぼくは、よく知らない彼が好きなんだ」
そう語ったイノンは、まるで子供のように目を煌めかせていた。




