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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
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 真っ直ぐに立つアキレアが、エルダーの顔を見ながら近づいて来る。白いローブを揺らしている姿にエルダーが笑うと、アキレアは不思議そうに首を傾げた。


「その格好でも、この国の空気がよく似合うって思ったのよ。殿下とお呼びした方がよろしいかしら」

「やめてくれ」

「フツリ様にそっくり」

「……」


 アキレアが途端に口を閉じる。

 少々険しい顔も、フツリによく似ていた。そういえば、母のような人だった、と言っていたような気がする。それにしては何とも言えないような微妙な表情をしているが。


「まるで、聞きたくないことでも聞かされた顔」


 エルダーがつついてみると、迷惑そうな顔を返された。仕方ないのでそれ以上尋ねるのはやめにして、話を変える。


「消息不明だって聞いていたけど、元気そうね」

「? 誰がそんなことを」

「殿下とジードが。とても心配していたわ。あなたならば一度は顔を見せてくれるはずだって――もう会った?」

「……いいや」


 ちらりと横顔を見上げる。

 自分を律する表情ではあったが、瞳には得も言われぬ喜びのようなものが広がっていた。

 彼が白いローブを脱がない本当の理由がそこに滲む。


 きっと、白いローブを着ている方が都合がいいのだろう。フツリにもそう頼まれているはずだ。両国の架け橋に、とでも言われているに違いない。そしてそうやって、アキレアがどちらに傾いているのか観察している。

 アキレアはそれをわかっていておとなしく着ているが、本心は脱ぎたくないのだ。


 身を置いているところで生きていく。

 そういう獣を、ゼラは繋いだ。

 いつものように、恐ろしく上手に。


「それで? あなたどこにいたの?」

「……イトセ様のところに」

「初めて聞く名前ね」

「これからはよく聞くことになる」


 察する。

 その話し方。その哀れむ目。言葉を選び、反応を見ているアキレアの些細な変化から、エルダーはイトセという者が誰かを知った。


「まあ、可愛らしいお名前の王女様。ずっと彼女のところにいて情報でも提供していたのかしら」

「……殿下のことを、知りたいと」


 いじらしいわね、と軽々とした口調で言ったエルダーを、アキレアが横目で見下ろしてくる。


「なあに? 怒り狂うとでも思った?」

「いや」

「縁談はうまく行きそうなのね」

「……ああ」

「彼女、お幾つ?」

「十五だ」

「あら、殿下と同い年ね。あなたがここを出たときは、五歳。交流でもあった?」

 

 無言の肯定に、アキレアが小さなお姫様に好かれていた光景が浮かぶ。きっと懐かれていただろうし、彼は世話を焼いていただろう。十年ぶりの帰郷で、懐かしさに花が咲いた結果、アキレアはそのお姫様にゼラを売り込むことになっていたらしい。


「どんな人?」


 エルダーが聞くと、アキレアはじっとエルダーを見て、言った。


「オーディルーから出るつもりなのか」

「……どうしてそう思うの」

「そう見える」

「相変わらず獣ね」

「? どういう意味だ」

「そのままよ――あのね、アキレア。フツリ様は私に自由をくださったの。どこへ行くのも、もちろん、オーディルーを出るのも自由ですって。出て行けってことよ。私が邪魔なのだわ」

「フツリ様に会っているのか?」

「ええ。よく夜にお会いしてお話をするの」

「俺は」

「わかってる。話していないんでしょう。あの方が勘がいいだけよ」


 アキレアが何を話し、何を話していないのか。

 こうして顔を見るまではわからなかったが、今はわかる。治癒士として知ったグレフィリアの情勢については話しているが、ゼラの個人的なことや、休息の洋館で何があったのかは話していないのだろう。それを強要するフツリではないし、何よりアキレアが話さないことを選択をしたのだ。


「どう誤魔化したの?」

「誤魔化すも何も――言いようがないだろう」


 苦虫を噛み潰したように言うアキレアが、お前のせいだと言いたげに見てくる。エルダーは素直に「確かにそうね」と頷いた。


「で、出て行く気なのか」

「話はそこにに戻るのね」

「大事なことだ」

「あなたはどうして欲しい?」

「……俺に聞くのか?」

「人の意見を聞くのも面白いじゃない」

「オーディルーを出て欲しくない」


 アキレアに駆け引きは無駄らしい。きっぱりと、それもかなり正直に真正面から言われたエルダーは、思わず屈託なく笑った。

 アキレアが面食らった顔をしている。


「そう。そうなのね。ここを出ないで欲しい理由は? 何かあるんでしょ」

「……」

「それとも私に、殿下があなたのお姫様と結婚するところを近くで見ていろとでも言いたいの?」

「違う。殿下のためにいて欲しい」

「なぜ」


 エルダーは出て行く気などない。

 子供じみた反抗をしたし、理解を示しておきながら現実になると腹立たしい思いをしているが、約束を破る気はなかった。


 ゼラを決して一人にはしない。


 ゼラが「ご苦労だった」と言うまでは――ゼラがそれを望むまでは、離れない。離そうとする者を殺してでもそばにいる。たとえそれが死ぬよりも苦痛だとしても。


 アキレアはじっと前を見たまま、呟いた。


「殿下のそばにいて欲しい。あの方を、守って欲しい」

「……誰から?」


 エルダーが尋ねると、アキレアは地面を睨んだ。


「このオーディルーから。もし、他の誰かに知られたときにはここから連れ出せるように――エルダーは近くにいてくれ」


 アキレアはエルダーの手を掴んだ。

 獣が爪を立てるように必死に。



「フツリ様から聞いた。殿下の母親は、オーディルーの呪与士だそうだ」




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