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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
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 ゼラと誰かがいつか結婚することは理解している。

 どこの令嬢と結婚することになったとしても、エルダーにはどうでもよかった。そんなことは取るに足らない些細なことだと思っていた。

 あの父だ。あの兄だ。あてがう女は碌でもないのだろう、と気の毒にすら思っていたのだ。


 王女と、結婚。

 それが突然現実になりつつある。


 あの頃不動だと思っていた尊い立場も、今はもうない。






「どうかしたかい、エルダー。上の空だね?」


 女性にしては低めの落ち着いた声に、エルダーは引き戻された。


 離れたソファに座ったジードが、姿勢を正して本を読んでいるふりをしているのをエルダーはちらりと見る。


 小さな丸テーブルに向かい合うようになったのは、ここに到着して二日目からだ。毎日ではないが、エルダーが部屋から出た日は決まってフツリが顔を見せるようになった。

 その意味がわらかぬほど愚鈍ではない。


「――ああ、すみません。今日はお昼寝をして。まだ頭がぼんやりしているようですね」

「よく眠れたなら何より」


 ジードとは気を許せる仲であることを察したらしいフツリが目を細めるので、エルダーは余計なことを言わずに微笑んで返す。

 彼女とのお喋りは必要最低限の言葉で成り立った。

 やや張りつめた空気を楽しみながら、エルダーは靄がかかった思考をクリアにしようと表情をより穏やかなものにする。


「フツリ様」


 エルダーが声をかけると、足を組んだ彼女は「どうした」と親しげに目元を和らげた。


「今までこんなにも聡明な女性にあったことがありません。お忙しいでしょうに、なぜ私に会いに来てくださるのですか?」


 真っ正面から尋ねると、やはり彼女は同じように返してきた。


「君が美しいから。人目を引くね、その顔も、その髪も。だから君の行動範囲を知っておきたいんだ。君に惚れた者がいたら困るだろう? 大変だ」

「お相手して差し上げますよ。お話だけなら」

「ふ。だから大変なんだよ。私の塔には信頼のおける者しか置いていない。君に懸想されては適わないからね」

「あら、フツリ様の塔には隙のない方しかいないと思っていました。本当の理由は?」


 ジードがハラハラしているだろうと思うと、エルダーの口元に自然と笑みが浮かんだ。

 フツリはエルダーの顔をじっと見つめる。


「人の心に潜り込むのが上手だな、君は。相手をするには()()がいる。君の周りにいる人間は、諦めたのか、許したのか、どちらだろうね?」

「みんな優しいのです」

「何人殺した?」


 フツリは全く表情を変えずに、年齢を聞くかのような気軽さで尋ねてきた。

 エルダーは首を傾げる。


「数えていません。そんな悪趣味に見えるだなんて残念だわ」

「それは失礼した」

「あなたは?」

「私か? 言われてみれば……私も数えてはいないな」

「フツリ様が悪趣味な方でなくて安心しました」

「グレフィリアの近況は聞きたいか?」

「暇つぶしの話題にはなりますね」

「新国王は噂通りの人間らしい。圧に弱く、争いが苦手、その上自分が正しくないことをするのが相当嫌らしい。父親のしてきたことを自ら否定したのだから、彼にとっての正しいこととは、父親とは正反対のことらしい。今までが何だったのかと言うほどスムーズに手を引いたよ」

「そうですか」


 エルダーは神妙に頷く。

 あれ(王太子)らしい。自分というものを確立できないままに王の椅子に座ったのだ。結局あのどうしようもない父親の後ろしか歩けない。それは哀れに思えた。

 フツリも同情の色濃い目で、テーブルを見る。


「可哀想な子だ」

「オーディルーへの対応はどうです?」

「こちらと対等であろうとしている。父親が迷惑をかけ続けた年月を詫びてきたよ。ゼラ殿がこちらに来てくれたのが大きかったのだろう、良き兄であり、良き王であれる誠実な人間であると国内外にアピールできる絶好の機会を上手に活用している」

「必要のない助言ですが」


 前置きをしてから、エルダーはフツリに言う。


「あれは単純なようでいてそうではないのでお気をつけください。抑圧されてきた人間です。汚い手を使うことにかけては右にでる者はいないかと」

「ほう、君に言われるなんてよっぽどだ」

「底意地が悪い歪んだ男ですから」

「ゼラ殿は繊細だと言っていたがな」

「あらまあ……殿下は皮肉がお上手なようですね」


 エルダーが驚いたように言うと、フツリは悪戯をする子供を見守るような目でエルダーを見つめた。それからゆっくりと瞬きをする。


 知っている。

 彼女は、エルダーとゼラの間に絆があることに気づいている。

 けれど決して触れようとはしない。

 そこに、彼女の高潔さが見えた。

 つまりこの女は油断ならない。


「ありがとう、エルダー。実際のところあの王をどう見たらいいのかわからないところもあった。会った者の半数は御しやすいと言い、半数は腹の底がわからないと言う――私は君の目を信じることにするよ」

「いいのですか?」

「君は信用に足る。嘘を言わないだろう」


 エルダーはフツリの言葉を正しく受け取った。にこりと頷く。嘘は許さない、と彼女は言っているのだ。


「あの王は欠落してはいるが、正しく導く余地はあるように思える。思いたい。可能か?」

「さあ……どうでしょう。抑圧されてきた人間が力を振るえると知ったとき、獣にならずにすむのかは周りにいる人間次第かと」

「彼にとって重要な人物は?」

「彼の治癒士でしょう」

「女か?」


 フツリの声が少しだけ鋭くなる。

 エルダーは即答した。


「女です」


 瞬間、フツリの顔がわかりやすく陰った。

 それも、奇妙な表情だった。

 呆れたような、納得したような――全てに絶望したように、その顔が一瞬少女になったのだ。

 目に怒りをそっと宿し、次には丁寧に消す。

 フツリという人の素顔を垣間見た数秒だった。


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