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エルダーを見ていたジードは、目を逸らしてため息を吐いた。
「わかったよ」
「お兄様のことだって大好きよ」
フォローしたつもりだったが、ジードから軽く睨まれてしまう。エルダーはくすくすと笑った。
「それで、本当は何の用なの?」
「本当に様子を見に来たんだよ」
「私以外は自由に動き回れるものね」
グレフィリアから降伏してきたエルダー達が滞在しているのは、フツリが居住する塔だ。エルダーはロムと、レカはフェーネと部屋を共有している。ゼラはイノンとスラーとジードと共にいて、あまり移動している様子はない。
歓待と言えば歓待だ。
どの部屋も、フツリが常に見守れる位置にある。
移動は塔の中なら自由にしていいと言い渡されているが、なぜかエルダーが部屋を出たことはフツリに筒抜けだった。つまり見張りがついている。
「……お前は何をしたんだ」
「お兄様の言いつけ通りおとなしくしているつもりよ。ほら見て、いい子にしているでしょう?」
「いい子かどうかは知らないが、そろそろ会いたいと泣き出す頃だろう。大丈夫そうだけどな」
「夜中に泣いてるわ」
「……」
「嘘よ」
「エルダー」
「ねえ、ジード。なんだか懐かしいわね。昔、こうしてよく二人でいたわ。勉強を教えてくれた」
ゼラの治癒士になったばかりの頃、エルダーは隠されていた。部屋にこもり、そこでジードの生きていく術を教わったのだ。懐かしむエルダーに、ジードはふんと鼻を鳴らす。
「あのときはまだ素直だったな」
「あのときはまだ素敵だったわね」
にこっと笑う。
「あら、違った。今も素敵よ」
ジードがため息で返す。そのまま寛いだ表情でエルダーを見た。
「我慢するなよ」
「我慢するように言ってよ」
「フェーネとは会うのは我慢しろ」
「……どういう意味?」
「そのままの意味だ」
視線が絡まる。
数秒睨み合い、先にエルダーが微笑んだ。
「あの二人、仲が良いみたいなの。レカがフェーネを信頼しているらしくて」
「お前を守っているからだろう」
「そうね。だから、会わないのは無理」
「エルダー」
「止めたいのなら来るのはあなたじゃないわ」
ジードはわずかに目を見開くと、くしゃりと笑った。
子供のようなその笑い方は、昔はよく見たそれだった。明るい日差しの中で、部屋の中に二人。エルダーが本の内容を理解して喜ぶと、同じようにニカッと笑ってくれたのだ。
あの頃はまだお互い無邪気でいられた。
「なんだ、お前――やっぱり意地を張ってるんじゃないか」
「違う」
「違わない。会いたいんだろ」
当たり前だ。
けれどそれを口にすれば、抑えているもの全てが溢れてしまいそうな気がして口をつぐむ。ジードは「お前のことはよく知っている」と言いたげに笑った。
「悪い。我慢してるんだな」
「なんのことかわからない」
「わかった。お前から会う気はない、と。どうしてもか?」
「あのねえ、私でも、待て、はできるのよ。わかっていないのね」
「これは大変だ」
ジードがぼそりとこぼす。
「? 何よ」
「……いや、てっきりお前が会いに来るものと思ってたからな」
「だから何?」
「大変だって話だよ」
「何が」
エルダーが苛立ちを込めて聞くと、ジードは哀れなものを見るような視線を寄越した。
「ゼラも大変だな」
エルダーは黙る。
ジードがゼラの名を口にすることはほとんどない。悪態なら吐けるが、きっと今はその時ではない。エルダーは仕方なく話を変えた。
「状況は?」
「ん? ああ――待遇は悪くない。それどころか相当安全だな。この塔に出入りするのはフツリ殿下の信頼する者だけらしく、俺たちがうろついていても嫌な顔一つされないぞ」
「へえ。私とは違うのね」
「だからお前は何をしたんだ」
「何かした覚えはないわ。ただ、目はあっても、耳はない。上品よね」
見張られてはいるが、盗み聞きはされていない。
そう伝えると、ジードは「だろうな」と頷いた。
「フツリ殿下の話によると、ほぼ独断で俺たちを連れてきたらしい。城を出るときは、戦地の様子を見てくると言って出て、帰ってきたときには面倒な敵国の一番下の王子と治癒士を連れていた、ということらしいぞ」
「それは……凄い人ね」
「ああ、とんでもなく人望があって勝算がなければそんなことはできないだろうな」
「じゃあ、外の反応は?」
「抑えるどころか上手に乗せていることだろう。もうしばらくすれば、ゼラ殿下が部屋から出て動けるように運んでくださる」
「ずいぶん信頼しているのね」
「拗ねるな」
ジードから軽く言われたエルダーは、ゆっくり立ち上がった。
「寝るわ」
「……昼だが?」
「ジードと話したら疲れたのよ」
「そうか」
「嘘。久しぶりにゆっくり眠れそうなの。そこにいて」
エルダーはそれだけ言うと、ゆるく着ていたローブを脱いで渡した。
「おやすみ」
ジードに言われ、笑って返す。
「おやすみなさい、お兄様。この部屋には誰も決して入れないで」
「わかったよ」
ベッドに潜る。
明るい部屋の中でそっと目を閉じても、光は逃してくれない。
内側で何かが渦巻いている。
焦げ臭い何か。
衝動的な何か。
No.6に安らぎを与えたあの瞬間の感覚が忘れられない。もっともっとと疼いている。
心像を使うためには、強すぎる自制心が働くというのに、あれは簡単にできた。躊躇いもしなかった。爽快なほどに。
エルダーは目を閉じる。
いつもならそれを修正してくれたゼラと会えないせいで、エルダーの怒りにも似た殺意が積もり、重なり、溶けぬまま淀んでいく。
それでも繕うことができるのは、ただただ一つの顔を思い浮かべているからだ。
ふと、手に握ったままだった何かを思い出した。なぜ忘れていたのだろう。
イノンから渡された封筒はくしゃくしゃになっしまっている。
エルダーはそれを鼻先に当て、ゆっくりと息を吸い込んだ。
翳りを溶かす香りがした。




