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一度も止まることのなかった馬車が止まった。
ほんの少しのざわめきが、馬車の回りにさざ波のように広がっている。
「こんな真夜中にお出迎えとは、我々も歓迎されているようですね」
フェーネの言葉に、ロムが「だねー」と相づちを打つ。
馬車に乗っている間の上っ面のお喋りで、なんとなく合わせ方がわかったらしい。
レカが耳を澄ませる。
「……三時間くらいの移動で城に着くんですね。近いな」
「レカくん、やっぱり城で間違いよね?」
「はい。ロムさんもわかります? 帯剣している人もちらほらいますけど……危ない感じはしませんよね」
「んー、そうだね」
二人が目を伏せて集中する。
ロムの口元が笑んだ。
「わあ」
「……多いですね」
「多い多い。後ろの馬車も止まった。無事に三台到着~」
「どうします?」
「あれ、ちょっと待って。レカくんさあ、帯剣したままじゃない? 治癒士が帯剣してるって大丈夫かな」
「えっと……どうですかね?」
レカがフェーネに尋ねる。
「あまり印象はよくないかと。ねえ、エルダー」
フェーネから話を振られたエルダーは、レカにちょいちょいと指先で剣を渡すように示した。素直に渡してくれたそれを、隣のロムに渡す。
「まあ、ロムは二つの剣を扱うのね。心強いわ」
「はいはい」
「没収されると思いますが、大丈夫ですか?」
「心配ありがとう、フェーネくん、こっちの方が得意だから大丈夫かな」
ロムが無邪気に笑って拳を握る。
「おやまあ、顔に似合わないことで」
「褒めてる?」
「ええ、褒めていますよ」
表面上は和やかな会話に、レカがくすくすと笑う。そして、ちらりとロムを見上げた。
「本当に姉さんの味方になってくれたんですね」
見定めるような目を受けながら、ロムは「そうだよ」とエルダーの肩にことんと頭を乗せる。
「超仲良しなんだ。ね、エルダーちゃん」
「生涯の親友よ」
「ごめん、やっぱり怖いからいいや」
ロムがすっと頭を退け、エルダーがにこりと笑うやり取りを見たレカが納得したように小さく頷いた。ロムがほっとしたように肩の力を抜く。正解だ。レカに睨まれたままでは危ない。
ふと、外のざわめきがくっきりと色めき立った。
フツリが馬車から降りたらしく、彼女を呼ぶ声が波紋のように広がっていく。その声色から、フツリ王女という人が兵に慕われていることがわかった。まるで王の出迎えのようだ。
が、突如場が静まる。
不自然なほどの沈黙に、思わずエルダーは目を伏せて笑った。
その光景が手に取るようにわかる。
黒いローブを優雅に揺らして、指先から視線まで、全て計算したような人を引きつける動きで、ゆっくりと、ゼラが彼らの前に降り立ったのだ。
驚いただろうか。
第五王子の幼さに。その、どこまでも見渡すような目に。彼の、存在感に。
「――気圧されているようですね」
フェーネが苦笑する。
耳を澄ませていた全員が、同時に口元を綻ばせた。
「殿下は存在が分厚いからねー」
「はい。あれは……真似なんてしようとしてもできません」
「レカくん、上手だったよ?」
ロムが驚いたように言うと、レカは照れくさそうに「ありがとうございます」とはにかむ。
「でも、こう、僕のあれは相手を選んでいたと言いますか。ゼラ様に好意的な人には通じただけなんですよ。ですから、あのクソ親父とバカな兄達には、僕の姿はひ弱で可哀想な少年に見えたことでしょう――ああやって、見も知らぬ人たちを一言も発せずに圧すような存在感を出すのは僕にはできません。血というのは恐ろしいものですね」
前国王と新国王にさらりと悪態を吐くレカを見たロムが「本当だね、血ってこわいね」と意味ありげに同意する。
フェーネは落ち着いた笑みでそれを眺めていたが、ふと耳を澄ませるように馬車の外に注意を向けた。
「――皆、よく聞け。こちらはグレフィリアの第五王子殿下であらせられる、ゼラ殿だ。私の客人としてこのオーディルー城に迎え入れる」
フツリの凛とした声が響く。
「グレフィリアの王は死に、ゼラ殿は自らの意思でこの地へ訪れた。もう一度言う。私の客人だ。いいね」
静まりかえっていた外から、潮騒のような音が聞こえる。彼らが深く頭を垂れているのだ。
「それからもう一人――ほら、出ておいで」
後方の馬車が開いた音の後に、低く凍っていた場が一気に湧いた。
兵が興奮したように「アキレア様」と名を呼んでいる。中には「よくご無事で」と言う感激したような声まで聞こえてきた。
「これはこれは」
フェーネが気の毒そうにこぼすので、エルダーも鼻で笑う。
「さぞ気まずい思いをしているんでしょうね」
「うーん? アキレアくん、全然喋らないけど」
「……大丈夫ですかね」
レカまでもが心配しているが、英雄の帰還に沸き立つその場所で、アキレアは最後まで言葉を発することはなかった。
興奮が静まったのは、おそらくアキレアがゼラの後ろに立ったからなのだろう。
フツリが客人とする敵国の王子の後ろに、オーディルーの王子が白いローブを着て立つ。
ゼラ自身が敵ではないと示すには最適な方法だ。
「あらまあ」
エルダーが声を上げると、ロムが「なに」と不気味そうに聞いてきた。
「ちょっと気づいてしまって」
「は? 何に?」
「私たち、いるかしら?」
ロムが絶句する。フェーネは笑っているし、レカは「なるほど」と素直に頷いた。
「ゼラ様と、治癒士であるイノンと護衛のジード。そして敵国に身を潜めていた英雄の王子。と、護衛のスラー。ほら、私たちって必要のない登場人物よね?」
その時、ぎしりと馬車の扉が音を立ててゆっくりと開いた。




