5
「フェーネと申します」
No.16はそう言うと、立ち上がって胸に手を当て、深々と礼をした。
頭を上げると同時にフードも取る。
肩まである髪に、涼しげな左目の下には細い葉が重なったような模様。
怜悧で神聖な雰囲気が、その佇まいからゆっくりと香ってくる。
アキレアとはまた違う気質で人を黙らせる彼と目が合い、エルダーはそっと目礼した。フェーネがにこっと笑って返す。
聖職者のような空気をまとっているが、笑うと屈託のない少年っぽさがある。が、それだけの男ではない。エルダーの身体はアキレアの時よりも強ばっていた。
「――それで、最後の告白はお前か?」
「遅くなって申し訳ありません、殿下。私も怖かったもので」
「そうか」
どこかからかうような口振りを、王子があっさりと投げ捨てる。
フェーネはくすくすと笑った。
「では、自白をしてもよろしいですか?」
「好きにしろ」
「ふふ。はい」
その場から動かず、祈るように目を伏せて腹の前で手を組む。
彼の声はまるで荘厳な鐘のように談話室に広がった。
「彼女は、とても可愛らしい人でした。少し感情が振り切るところがありましたけど、悪意のないタイプと言いますか。ある意味とても純粋で、優しい人です」
「殺しておいてよく言う」
「殿下、仕方のないことだったのです。彼女に頼まれたのなら、私は断れない」
「……頼まれた?」
「はい。もう疲れたから、殺して欲しいと」
談話室の雰囲気がざわついた。
誰のことを言っているのだという表情を隠そうとしないアキレアが、フェーネを不思議そうに見ている。そこに怒りも何もない。怒っているのは彼ではなく、未だ名乗っていないNo.18だった。小さく震え、叫ぶ。
「あ……あれがそんな者ですか!」
「そうですか? 私にとって彼女はあなたの言うような人ではない。まあ、私とあなた、どちらを信じるかはここにいる者たちに任せますが……」
ふ、と軽く笑って、フェーネは目元を細めて慈悲深く笑んだ。
アキレアもフェーネも、エルダーも素顔で懺悔しているのに、と言いたいのだろう。
ああ、これでは駄目だ。
エルダーがそう思った瞬間、再び場の空気が香って揺らいだ。
No.18のローブがはためき、勢いよくフードが後ろへ飛ぶ。
「これでよろしくて?」
爽やかな香りを身にまとった愛らしい風貌の少女が、緩やかにウェーブした髪を炎のように踊らせた。
「モナルダと申しますわ。皆々様、お見知りおきを」
可憐な声でそう言うと、彼女はツカツカと歩いてきて、エルダーの隣で膝を折る。
「失礼しました、管理者様。わたくし、ここで尽力して下さるあなた様に嘘は申しておりません」
「承知した」
短い言葉で突き放し、王子は未だ椅子のそばで立ったままのフェーネに向かって、つい、とつま先をあげた。
「はい。では続きを――彼女に頼まれたのは昨夜のことです。エルダーの部屋から戻ってきた彼女は疲れていて、部屋で休もうとしていました。しかしそこにアキレアが。しばらく言い争いをして、彼女はそれはそれは疲弊していた。それで私に懇願したんです。もうどうか休ませて欲しい、と。自分で治癒をしないように徹底的に。そう頼まれたので、そうしました」
軽く言っているフェーネと違い、場が沈んでいく。
そこに、ふ、と苦笑する声が漏れた。
「一つ聞きたい」
「はい。全て正直にお答えいたします」
「お前、どうしてNo.19の部屋にいた?」
「それは……私たちに身体の関係があったから、ですね」
躊躇いなく答えたその声に、数人がぎょっとする。
王子は黙り込み、それから「そうか」と呟いた。
「――エルダーは喉と口を。モナルダは目を。アキレアは耳を。そしてフェーネ、お前が全身を切り刻んだ、と。なるほど。フェーネ、心像を使ったのか?」
「ええ」
「どこで」
「よく知った身体をその場でバラバラにするのはさすがに申し訳なく思ったので、部屋を出て自室に戻ってからです」
「では、誰が本当にNo.19を殺したのかわからないままだな?」
問われたフェーネが目を細める。
「ああ……そうですね……殿下の仰るとおりだ」
「お前たちが共謀してNo.19を殺しておいて、結局誰が殺したかわからないように誤魔化しているということは?」
二人の口調はどこまでも軽やかだ。
しかし、じわりじわりと背後の足下が崩れていくような不気味さがある。
エルダーは口を挟めないまま、アキレアとモナルダの間でじっと耐えた。
「共謀して、ですか。それは……ないですね。我々結尾のNo.16からNo.20は、他と違って仲が悪かったもので」
フェーネが困ったように言うと、再び王子が笑う。
「そうか。結局誰が一番に殺したんだろうな」
「同時かもしれませんねえ」
「では全員首を跳ねるべきか?」
「現実的ではないかと。ここに飽きておいでですか?」
アキレアの身体がぴくりと反応する。
――飽きてしまえば簡単に処分なさる。
そう言葉にしたのは他ならぬアキレアだった。
「安心しろ。まだここに飽きてはいない」
「それはようございました。我々の処分はいかがしますか?」
「保留だ」
その言葉は護衛達に向けてのようだった。フェーネはようやく王子の前までやってきて膝をついて頭を垂れる。
それを少しだけ笑って、彼は静かに立ち上がった。
「戦地に赴くまでそのままゆっくり過ごされよ、国に尽くす希有な治癒士達よ。ようこそ、休息の館へ」
談話室を出ていく黒いローブに向かって、エルダーは深く、深く、美しく頭を下げた。
銀色の髪が、水たまりのように床に広がっている。