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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
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 アキレアが目を軽く見開いてエルダーを見下ろす。


「? ずっと起きているが」

「故郷の空気はどう?」

「別にどこも変わらない」


 エルダーが笑うと、表情を不思議そうに見たアキレアが館を見上げた。


「俺は何か変か?」

「変よ」


 きっぱりと言ったエルダーも、同じように館を見上げる。


「こっちに身をおく準備をしているみたいだわ」

「いや……色々と清算しなければならないことを考えているだけだが」

「アキレア」

「なんだ」

「呼んだだけよ」


 また訝しがるような視線が向けられる。

 エルダーは館の窓から溢れている柔らかな気配からそっと目を逸らした。


「怯えないで。他意はないわ。あなたと約束したでしょ。あなたが望むように、静かにしているって。頭の中を混ぜたりなんてしない」


 くすくす笑うエルダーに、アキレアの眼差しが少しだけ呆れたような色に変化する。


「オーディルーはあたたかい国ね」

「なんだ急に」

「まだ足を踏み入れて少しだけど、何となくそう思って。戦地には一人も置かずに離れたところで火の番だけして、館の庭には手入れされた花がある。残りの兵も、呪与士も、きっと少数精鋭なんでしょうね。この中で休んでいるのかしら」

「さあ」

「けれどあなたを送り込むような強硬派もいる」

「……少数だ」

「そうね、そうかもしれない。まあ、これで無駄な争いは終結するでしょうから、その少数も黙ってくれると良いけど」

「問題ない」


 その言葉は強くアキレアの内側から響いた。

 グレフィリアとは違い、王を全員が慕っていることを確信している響きだった。十年離れていても変わらないその感覚は、信じていいものだろう。同時に、オーディルーという国の扱いづらさを感じる。

 面倒なところだわ。


「エルダー」


 思考を見透かされたようなタイミングで声をかけられ、エルダーはちらりと見上げた。


「なに?」

「……さっきのは何だったんだ」

「さっき?」


 エルダーの顔を見たアキレアは、視線で示すようにロムの隣で気配を消して立つスラーを見る。気づいたスラーが「こっち見んな」と言いたげに眉を潜めて顔を背けた。


「ふふ、仲良しよね」

「何でそう思うんだ」

「よく似ているから」

「……」

「私はスラーをよく知らないけど――まともな人だと思うわ。まあ、似ているのはそこじゃなくて、事なかれ主義なところだけど。同族嫌悪はよくないわよ」


 エルダーがにこっと笑うと、アキレアは浅い息を吐く。


「ねえ、アキレア。聞いていい?」

「……フツリ様のことなら、見たままの人だが」

「お優しい方なの?」

「いとこであるが、母のような存在だな」

「ああ」


 なるほど、アキレアを躾たのはあの人だったらしい。

 エルダーが納得したように笑うと、アキレアは落ち着いたように館から足下に視線を落とした。


「アキレア」


 呼ぶ。親しげに、寄り添うように。

 

「一緒にいられるのも後少しね。あなたが故郷に戻れてよかった。グレフィリアは似合わないもの。私の顔も見たくはないでしょう。こっちで家族との再会を楽しんで」


 エルダーはそれだけ言うと、アキレアから離れる。

 何とも言えないような心許ない表情をしたアキレアが見た先にはゼラが立っていた。そこから視線が動かなくなる。


 一瞬だけジードと目が合うが、お互い素知らぬふりをして目を逸らした。


 アキレアは自由だ。

 オーディルーに戻った今、自ら身の振り方を選べる立場となった。王女自ら迎えに来て「謝罪をする」と口にしたのだから、悪い扱いをされるわけがない。


 けれど、こちらに情の一つでも持ってもらわなければ少々困るのだ。








 フツリが戻ってきたのは、それからすぐのことだった。

 彼女が用意した三台の馬車に乗り込む。

 先頭にゼラとイノンとジードとフツリが乗り、次の馬車にエルダーとレカとフェーネとロムと乗り込んでいる。最後尾を走るのが、スラーとアキレアが乗る馬車だ。


 最後に二人が乗ることになった時の微妙な顔がそっくりでエルダーが笑うと、二人して似たような表情でエルダーを軽く睨んだ。同乗しているフツリの従者らしい二人は、ひたすら無言の馬車で居心地の悪い思いをしているに違いない。


 控えめに揺れる馬車は、御者が丁寧に走らせていることがわかる。


「扱い、悪くなさそうだね」


 ロムがぽつりと言う。

 

「ええ、そうですね。これも客人用の馬車でしょうし」

「あ、うん」


 フェーネが反応するとは思っていなかったらしく、ロムはそっと隣のエルダーを見た。

 内装も凝っているこの馬車に入ってすぐ、降伏をしているといっても、囚人として扱われることはないことはわかった。それでも自分の力が及ばない方法で運び込まれるというのは妙な緊張感に包まれる。

 ロムのそれは緊張ではあるが、少し違う。


「楽しそうね」


 エルダーの言葉に、ロムが「えー、そう?」と薄く笑う。

 どう見ても楽しそうだ。今まではあの洋館の中で息を殺していた彼の狂気がむき出しになりつつある。


「ゼラ様の役に立てて嬉しい?」


 聞くと、ロムはにこにこと笑って見せた。馬車の揺れを心地よく楽しむようにうっとりと目を閉じる。


「エルダーちゃんこそ、大丈夫なの?」

「あらまあ、心配ありがとう。イノンにも聞かれたわ。たぶん、アキレアにも」

「では、こちらも聞かなければなりませんね。大丈夫ですか? エルダー」


 フェーネにまで聞かれて、エルダーは苦笑する。

 レカも笑っている。銀色の髪の姉弟の笑みに、ロムもフェーネも答えをわかっていたように穏やかな表情で目を伏せた。



 馬車が揺れる。

 一見和やかな空気と笑い声で、見知らぬ国の中枢へと運ばれていく。


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