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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
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 それは、グレフィリアとは違う空気に満ちていた。

 人の気配で満ち、その光が穏やかであるのがわかる。フツリは「馬車を用意するのでそこで待つように」と、エルダー達を門の内側に通してすぐ館に入っていった。

 

 そこから動くな、と言うことだろう。

 

「貴族の館のようですね」


 フェーネが呟く。

 隣にいたレカが館を見上げ、その窓のあたたかい光に浮かぶシルエットを追いかけた。


「中で夜会でもしているみたい」

「賑やかですよね」

「――お前たちは仲良くなったのか?」


 ゼラがくすくすと笑って尋ねると、ジードが「気が合いそうですしね」と同意する。レカはフェーネをちらりと見て、それから子供のようにこくんと頷いた。


「みんなと、仲良くなりたいです」

「あ、本当? ぼくとも仲良くしてくれる?」


 イノンがすかさずぬっと近づくと、レカが警戒したように身を引いた。イノンが穏やかな顔で「ごめんね」と言って離れ、そのままエルダーの横にそっと立つ。


「ぼくは嫌われたみたいだ」

「他人事ね」

「エルダーも怒ってる?」


 レカとゼラが笑顔で話している様子をジードとフェーネが見守っているのを眺めながら、イノンが何気ない風に探りを入れてくる。エルダーが笑えば、そっと見下ろされた。


「怒っていないんだね」

「ええ、怒ってない」

「抑圧もしていないみたいだ」

「大丈夫よ。私の大切な立ち位置を奪われたからって呪い殺したりなんてしないわ。私の師であり父のようなあなたを」

「父? 父か……それは悪くないね」

「あら嬉しそう」

「嬉しいよ、ぼくの娘、エルダー」

「ふふ。レカには秘密ね」


 家族しか愛せないレカは、それを知ればイノンにひっついて離れなくなってしまうかもしれない。今の状況では理想的な関係とは言えない。

 イノンもそれを理解しているようだった。


「そうだね」


 情が湧くとできないことも多いから、と小さく呟く。


「鎖で繋ぐ相手とは少し距離があるくらいがちょうどいい」

「ありがとう、イノン」

「嫌味ではなく?」

「純粋な感謝よ」

「平気?」


 聞かれ、エルダーは頷いた。


「あなたがゼラ様の治癒士である方が()()ならば、そうして」



 ゼラが手を握る感覚が蘇る。

 その手でエルダーを包みながら、ゼラは言った。


 エルダーはグレフィリアを出た瞬間から、ゼラの治癒士ではなくなる、と。近くで話すこともしていけないし、お互いが気を許しているところも一切見せてはいけない。これからは今まで以上に離れていなければいけない。


 オーディルー側に、ゼラの治癒士が女であることが知られるのは危険なのだそうだ。


 エルダーはゼラの言葉に「わかりました」とすぐに頷いた。王女との婚約を視野に動くことも、聞いた。


 あの時、治癒士だったものを埋めていた彼らも、ジードからその話を聞かされていたらしい。



「今はぼくが殿下の治癒士である方が一番安全だ。ただ――みんながヒヤヒヤしすぎていて、きみが何をやらかしていたのか気になって仕方ない」

「気にしないで」

「父に隠しごととは、いけないね」


 イノンはここに二人足りない理由を知らない。

 モナルダが死んだ理由も、No.19を背負ったマリーがいくつもの殺意を向けられた末に死んだことも、知らない。話したらどういう顔をするだろうか、とエルダーは思ったが、話したところで「だからきみは」と呆れられるだけだろう。

 エルダーは端的に答える。


「少し嫌われていただけよ」

「きみに相当気を使っているね」


 エルダーはイノンを見上げる。


「彼らは私を気にしてるんじゃない。私を通して、ゼラ様を心配しているだけで、私のことはどうでもいいの」


 彼らはゼラのそばにいたとしてもに容易には近づけないし、近づかない。一定の距離を保って、彼の領域を侵すまいとしている。ゼラがそれを望んでいることを本能的に知っているからだ。だから代わりに、エルダーに接触する。

 

「へえ、やっぱりきみは賢い」

「師に似たのかしら」


 今度はわかりやすい嫌味を届けると「さすがエルダーだね」と何故か褒められた。


 会話が途切れ、それぞれがフツリを待つ姿を眺める。

 オーディルーに身を置いているというのに、誰も殺気立っていない。怯えず、けれども威張らず、程良くリラックスした状態で待っている。


 この様子を、館の中で見ているに違いない。


 ゼラがレカや護衛と他愛なく喋る姿や、彼から決して離れない他の治癒士をじっと見ている。


 ゼラから少し距離を置いたロムがスラーに「庭が豪華だね」だなんて無邪気に話しかけているが、死角がないかそれとなく確認しているのだろう。

 そこから少し離れて立つアキレアを見ると、まるで眠っているかのように瞼を閉じていた。

 ゆっくりとオーディルーに同調している。


「あぶないよね」


 イノンが独り言のようにぼそりと言う。


「獣がしつけてくれた者のところに戻ってきて、準備をしているみたいだ。止めておいで、エルダー」


 何も知らないイノンの視点を無視してはいけない。エルダーはそっとイノンの腕を叩いた。


「はい、お父様。大丈夫だと思いますけれど、一応行ってまいります」

「なにそれ。こわいからやめて」


 エルダーはくすくすと笑って、その場をゆっくりと動いた。そっとアキレアの方へ歩く。


 館の窓を見上げれば、影がゆらりと動いた気配がした。

 エルダーがアキレアの隣に並ぶと、ちらりとスラーがこちらを見た。次いで、ジードが視線で頷く。 


「アキレア」


 呼んでも、返事はない。


「アキレア。あなたスラーと仲良くなったの?」

「? なんのことだ?」

「あら、返事をしてくれた。おはよう、忠実な獣」



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