表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
46/136

46:赤い花


 ゼラが壁の前に立っている。

 あらゆるものをかき集めて出来た壁。登るのが困難なほど高いわけでもないそれは、今となっては脆くすら見える。

 向こう側からは何の気配もしない。

 子供の相手をしてくれているオーディルーは、こちらが何かを仕掛けない限り何もしてこない。この壁らしきものだって、彼らの「呪い」を恐れたグレフィリアが作ったものだ。



「エルダー」


 振り向かないゼラから愛おしそうに名前を呼ばれる。


「ゼラ様」


 隣に並ぶと、そっと右手を掴まれた。そのまま柔らかく握って、まるで血を拭うように親指が手の甲を優しく撫でる。

 大丈夫か、と聞かれはしない。

 わかりやすく労ることもされない。

 それでも、こうしてくれているだけで全てが満たされた。


 隣を見ると、ゼラと目が合う。

 いつも、夜空のような紺碧の双眸が自分を見ていることに深く感動し、安堵する。初めて会った頃から変わらない。凪いだ孤独が横たわる瞳が、自分に向かってだけ開いている。それがただただ美しかった。


「どうやってあちらへ?」

 

 エルダーが聞くと、ゼラが悪戯を企むように目を細める。


「迎えが来る」

「まあ」

「エルダー」

「はい」

「向こうで知らない人について行ってはいけないよ」


 手をきゅっと握られる。


「あちらはグレフィリアと違って、誠実で忍耐強い人々しかない」

「つまり?」

「いい男ばかりだよ」

「ふふ」


 エルダーが笑うと、ゼラも笑う。視線を合わせたまま、エルダーは笑みをほどいて睨むように見上げた。ゼラが微笑みを返す。


「なにかな?」

「いい女もたくさんいるということかと」

「そうかもしれないね」

「ゼラ様、知らない人について行ってはいけませんよ」

「善処する」

 

 子供らしからぬ甘い笑みで、繋いだままのエルダーの手を親指で撫でる。


「どこまでもついていきます」

「……どこまでも?」

「知っているでしょう?」


 ちらりと見上げると、その瞳が「知っているよ」と無言で語る。

 知っているのに聞いてくるということは、向こうで何かが起こるのだろう。エルダーは察した。おそらく、自分が耐えられないかもしれないことが起きる。



「どこまでも、ゼラ様が何を選んでも――あなたを一人にはしない」



 エルダーは握る手に柔らかく力を込めた。壊さぬように、決して離れないと伝わるように。綺麗な感情だけを渡せたらよかったが、そうでないことが誇らしくもある。

 モナルダもカーラも、今背後で埋められている元治癒士も、自分と大差ない。

 けれど、一つだけ違うところがある。

 愛する人のために自滅を厭わない彼女らと違って、自分は図太い。自分が死ぬときは、ゼラがそれを望んだときだ。

 愛のために殺しはするが、愛のために殺されたりなどしない。

 

 どこか強ばった指先を解すように、ゼラの指が動く。何も言わないゼラの感情が流れ込んでくるように、じんわりと痺れる。

 いつか死ぬための命だったのだ。グレフィリアを出た後は、望む形で死にたい。この人のために死にたい。

 


「エルダー――私も君を一人にはしない」



 思わずゼラの横顔を見る。

 木や石を積み上げた壁を見つめる目は、ここではない遠くを見ていた。瞳の中の夜空が瞬き、悟る。

 

「言ってください」


 ほとんど言葉にしないゼラがそれをしたのだ。ジードも、ここへ誰も寄越さない。

 ゼラと目が合う。

 ゆっくりと唇が動く。

 ゼラの声以外のものが、全て聞こえなくなった。

 


 

   ○




 壁が崩れる。

 積み上げた石や煉瓦や、苦しげに手を伸ばすような枯れた木が上から崩れた。

 ゴロッと鈍い音が響く。

 スラーの「あっけねえな」という呟きに、エルダーは心底同意する。

 こんな脆いものに守られていたのだ。グレフィリアは。

 こんな脆いものに、縋っていた。


 一部が壊されると、そこからぬっと足が出てきた。崩れた瓦礫の上を踏みしめて、誰かがこちら側にやってくる。


「そちらにおられるか、ゼラ殿」


 その声に、アキレアが反応した。びくりと大げさなほどに身体が硬直する。

 先頭にいたジードが頭を下げた。同時に、ゼラが迎えに行くように声をかける。


「はい、ここに――あなたが来て下さるとは」


 ゼラの声に、その足の主は軽やかにグレフィリアの陣へ降り立った。

 赤いローブが鮮やかに揺れる。

 豊かな亜麻色の髪を一つに結ったその人は、細い腰に剣を携えてこちらを見た。どこか野性味のある目元と、穏やかな目尻の皺。

 ゼラの母親でもおかしくないほどの年上の女性は、真っ直ぐにゼラの元へ来ると、美しい礼をする。


「やあ、初めまして、グレフィリア第五王子、ゼラ殿下」

「お会いできて光栄です、フツリ王女殿下。此度のお力添えに感謝致します」

「いや。大変だったな」


 彼女はぽん、とゼラの肩に手を置いた。

 堅苦しい挨拶はなしだ、ということらしい。彼女は治癒士を見渡していたが、アキレアでぴたりと止まった。その目元が、懐かしむように和らぐ。



「アキレア」

「……フツリ様」

「うん。元気そうでよかった」

「……お変わりなく」

「そうか? もう四十四になったよ」


 明るく返すフツリに、アキレアがほっとしたように肩の力を抜く。けれどまたすぐに顔を強ばらせた。


「フツリ様、落ち着いたらお話が」

「わかっているよ。大丈夫。話は聞くし、私は君を叱らない。むしろ私から謝罪をしなければならないしね。後で時間をくれ」


 彼女は颯爽と髪をなびかせて、無防備に赤い背中を見せる。そこに、大きな花の刺繍が咲いていた。



「さあ、ではオーディルーに案内しよう」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ