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フェーネが落ち着いた足取りでゼラの元に向かうと、今度はアキレアがエルダーの隣に並んだ。すでに素顔になっている。
「……妙な気分ね。今までは初代様の格好をしていなければ落ち着かなかったのに」
「エルダー」
「なに?」
「殿下のことだが」
「大丈夫よ。あの人ができないことを、私がしているだけだから」
「……痛くはないのか」
何が、とは言わないが、エルダーはアキレアの言いたいことが手に取るようにわかった。ゼラのそばにいるスラーから向ける視線が憐憫であることにも気づいている。
哀れまれているのだ。
主のために率先して人を殺すエルダーを、彼らは同じように哀れんでいる。
「何か聞かされたのね?」
「……」
嘘がつけないらしい。それがおかしくて笑えば、アキレアはエルダーを理解できないと言わんばかりに見下ろしてきた。
「それでいいのか」
「それがいいの。あの人は信頼している人間にしか手を汚させない。手を出すなと言っていたのは、あなたたちにだけよ」
不要なことはするな、とジードが言ったのなら、必要だと思えば動け、ということだ。
必要だった。あのNo.6を側に居させるのは耐えられない。女なんて置いていられない。
「あなたは平気かもしれないけれど、私はあのままNo.6がゼラ様を侮辱し続けるのを聞かされるなんて無理だったの。私たちは王派からは随分嫌われ続けてきたけど、それでも悪意しかない言葉には慣れないし、慣れたくない」
「本当にNo.19なんだな」
アキレアがぽつりとこぼす。
エルダーが見上げれば、どこか懐かしむような目がこちらを見ていた。
「あちらが好みでしたら、戻りましょうか? アキレア様」
「いや、いい」
「あらそう」
「……さっき、No.6とのやり取りを見ていたら」
「あ、こいつNo.19だ、って思ったわけね。あなたにもそうしていたかしら」
「ああ。そうしていた」
「それはごめんなさい。さぞ不快だったでしょうね」
エルダーがさらりと言うと、アキレアはほんの少し目を丸くして息を吐くように笑った。エルダーもつられるように笑う。
奇妙なほど和やかな雰囲気だった。
死体の前とは思えないほどに。
アキレアはそれが見えていないように「そうか、No.19か」とゆっくりと深く頷いた。
「――ん、わかった」
なにかがアキレアの中で合致したらしい。子供のような、それでいて静かな獣のような目がエルダーに向かう。エルダーは微笑みを返した。
「あれは私とレカしか許されていないことよ。痛くもなんともない」
「それも、わかった」
「ならよかった。これから何が起きるかわからないもの」
「……大丈夫だと思うが」
「アキレアが言うならそうなんでしょうし、ジードからも何もするなとは言われているけどね」
「必要なときには、動くのか」
「私がそう判断したときは」
迷いなく。誰に止められても、必ず動く。
エルダーはそう決めているし、ゼラもそれを望んでいる。それが自分にできることであり、自分にしかできないことだと、お互いが知っている。
レカは、可哀想だけれど。
エルダーはアキレアから視線を外す。
「もう誰も殺さない――そう言った自分の言葉をアキレアは守っていて」
こちらへ来るイノンにひらりと手を振る。アキレアはそれに気づくと「わかった」と言い残してエルダーの隣から去った。白いローブを揺らしている。
「邪魔したかな」
「イノン」
「かれは、なんだか妙な男だね」
「オーディルーの王子だそうよ」
エルダーの言葉に、イノンは癖毛を揺らして「あー」と苦笑した。
ゼラの元へまっすぐと向かっている背中からは「スパイ」だとか「裏切り者」だとかいう言葉は浮かんでこないのだろう。
「かれは大丈夫だね。殿下がちょちょいとこっちに引き込んだ感じでしょう」
「さあ」
「なんだ。エルダーか。きみは本当に」
イノンは言葉の続きを飲み込んだ。
殿下を大好きだね、とよく言われたが、今日は言われないらしい。
「驚かなかったのね」
イノンの前であんなことをしたのは初めてだ。
そう言えば、自らの手を使ったのも初めてだが。
「……ぼくが初めて会ったときから、きみたちの絆は深かったからなあ。今まで心像を使って密かに何人か葬っていたね」
「知ってて黙っていたの?」
「やさしくしてたでしょ」
穏和な笑みがエルダーを横目に見る。
「そうかもね」
「それ、おぼえていないやつだ」
「どう?」
エルダーの問いの意味を理解しているイノンは、ゼラの周りの光景を眺める。
「うん、やっぱり大丈夫。というか、よくここまで味方だけをあつめられたね。護衛は当然だけど――中央の治癒士にも協力者はいるんだっけ」
「ええ。あの人達は大丈夫。絶対にこちら側だから」
「安心だ」
イノンがにこにこと目を細める。
「でもまあ……大丈夫だけど、同じくらい危ない子たちばかりだね」
「それはそうよ」
「ふふ。そっかそっか。あの中で一番危ないのはきみの弟だよ? 本当にかれ、そうなの?」
「ええ。そうみたい。本人は気づいていないけど」
「知っているのは?」
「私と、ゼラ様と、ジードと、イノンだけ」
「そっかあ……もう少し仲良くなれるといいんだけど、殿下がうまく操縦しているなら手を出さないほうがいいかな」
「多分ね」
「わかった。万が一の時は任せて」
エルダーは小さく頷いた。
ゼラにはロムとスラーがいる。エルダーにはフェーネが。ジードは、もちろんエルダーのこともレカのことも守ってくれるだろう。しかし、ゼラが最優先であることに変わりはない。レカだけが無防備なのだ。
「ありがとう、イノン」
「いいよ――ぼくはずっとだれかに鎖で繋がれたかったけど、だれかを繋ぐのも悪くないかもしれないしね」
月明かりに揺れるイノンの目が、遠くを見ている。




