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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
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 フェーネが落ち着いた足取りでゼラの元に向かうと、今度はアキレアがエルダーの隣に並んだ。すでに素顔になっている。


「……妙な気分ね。今までは初代様の格好をしていなければ落ち着かなかったのに」

「エルダー」

「なに?」

「殿下のことだが」

「大丈夫よ。あの人ができないことを、私がしているだけだから」

「……痛くはないのか」


 何が、とは言わないが、エルダーはアキレアの言いたいことが手に取るようにわかった。ゼラのそばにいるスラーから向ける視線が憐憫であることにも気づいている。

 哀れまれているのだ。

 主のために率先して人を殺すエルダーを、彼らは同じように哀れんでいる。


「何か聞かされたのね?」

「……」


 嘘がつけないらしい。それがおかしくて笑えば、アキレアはエルダーを理解できないと言わんばかりに見下ろしてきた。


「それでいいのか」

「それがいいの。あの人は信頼している人間にしか手を汚させない。手を出すなと言っていたのは、あなたたちにだけよ」


 不要なことはするな、とジードが言ったのなら、必要だと思えば動け、ということだ。

 必要だった。あのNo.6を側に居させるのは耐えられない。女なんて置いていられない。


「あなたは平気かもしれないけれど、私はあのままNo.6がゼラ様を侮辱し続けるのを聞かされるなんて無理だったの。私たちは王派からは随分嫌われ続けてきたけど、それでも悪意しかない言葉には慣れないし、慣れたくない」


「本当にNo.19なんだな」


 アキレアがぽつりとこぼす。

 エルダーが見上げれば、どこか懐かしむような目がこちらを見ていた。


「あちらが好みでしたら、戻りましょうか? アキレア様」

「いや、いい」

「あらそう」

「……さっき、No.6とのやり取りを見ていたら」

「あ、こいつNo.19だ、って思ったわけね。あなたにもそうしていたかしら」

「ああ。そうしていた」

「それはごめんなさい。さぞ不快だったでしょうね」


 エルダーがさらりと言うと、アキレアはほんの少し目を丸くして息を吐くように笑った。エルダーもつられるように笑う。

 奇妙なほど和やかな雰囲気だった。

 死体の前とは思えないほどに。

 アキレアはそれが見えていないように「そうか、No.19か」とゆっくりと深く頷いた。


「――ん、わかった」


 なにかがアキレアの中で合致したらしい。子供のような、それでいて静かな獣のような目がエルダーに向かう。エルダーは微笑みを返した。


「あれは私とレカしか許されていないことよ。痛くもなんともない」

「それも、わかった」

「ならよかった。これから何が起きるかわからないもの」

「……大丈夫だと思うが」

「アキレアが言うならそうなんでしょうし、ジードからも何もするなとは言われているけどね」

「必要なときには、動くのか」

「私がそう判断したときは」


 迷いなく。誰に止められても、必ず動く。

 エルダーはそう決めているし、ゼラもそれを望んでいる。それが自分にできることであり、自分にしかできないことだと、お互いが知っている。

 レカは、可哀想だけれど。


 エルダーはアキレアから視線を外す。

 

「もう誰も殺さない――そう言った自分の言葉をアキレアは守っていて」

 

 こちらへ来るイノンにひらりと手を振る。アキレアはそれに気づくと「わかった」と言い残してエルダーの隣から去った。白いローブを揺らしている。




「邪魔したかな」

「イノン」

「かれは、なんだか妙な男だね」

「オーディルーの王子だそうよ」


 エルダーの言葉に、イノンは癖毛を揺らして「あー」と苦笑した。

 ゼラの元へまっすぐと向かっている背中からは「スパイ」だとか「裏切り者」だとかいう言葉は浮かんでこないのだろう。


「かれは大丈夫だね。殿下がちょちょいとこっちに引き込んだ感じでしょう」

「さあ」

「なんだ。エルダーか。きみは本当に」


 イノンは言葉の続きを飲み込んだ。

 殿下を大好きだね、とよく言われたが、今日は言われないらしい。


「驚かなかったのね」


 イノンの前であんなことをしたのは初めてだ。

 そう言えば、自らの手を使ったのも初めてだが。


「……ぼくが初めて会ったときから、きみたちの絆は深かったからなあ。今まで心像(イメージ)を使って密かに何人か葬っていたね」

「知ってて黙っていたの?」

「やさしくしてたでしょ」


 穏和な笑みがエルダーを横目に見る。


「そうかもね」

「それ、おぼえていないやつだ」

「どう?」


 エルダーの問いの意味を理解しているイノンは、ゼラの周りの光景を眺める。


「うん、やっぱり大丈夫。というか、よくここまで味方だけをあつめられたね。護衛は当然だけど――中央の治癒士にも協力者はいるんだっけ」

「ええ。()()()()は大丈夫。絶対にこちら側だから」

「安心だ」


 イノンがにこにこと目を細める。


「でもまあ……大丈夫だけど、同じくらい危ない子たちばかりだね」

「それはそうよ」

「ふふ。そっかそっか。あの中で一番危ないのはきみの弟だよ? 本当にかれ、()()なの?」

「ええ。そうみたい。本人は気づいていないけど」

「知っているのは?」

「私と、ゼラ様と、ジードと、イノンだけ」

「そっかあ……もう少し仲良くなれるといいんだけど、殿下がうまく操縦しているなら手を出さないほうがいいかな」

「多分ね」

「わかった。万が一の時は任せて」


 エルダーは小さく頷いた。

 ゼラにはロムとスラーがいる。エルダーにはフェーネが。ジードは、もちろんエルダーのこともレカのことも守ってくれるだろう。しかし、ゼラが最優先であることに変わりはない。レカだけが無防備なのだ。


「ありがとう、イノン」

「いいよ――ぼくはずっとだれかに鎖で繋がれたかったけど、だれかを繋ぐのも悪くないかもしれないしね」



 月明かりに揺れるイノンの目が、遠くを見ている。

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