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「間に合わなかったかー、ざんねん」
イノンの言葉で、No.6の死を知る。
エルダーはNo.6のローブで剣の血を拭うレカの白いフードを左手で撫でた。
「よく来たわ」
「呼ばれたような気がしたから。ローブを刺してはいなはずだけど、大丈夫?」
「ええ」
「よかった。大事なローブだもんね」
そう言うレカは、剣を月明かりに翳して血が残っていないか確かめる。
「よし。綺麗になった。手は治癒した?」
「大丈夫よ」
右手を見せる。
すでに傷はなく、血が濡れた手のひらだけだった。レカがぐいっとNo.6のローブを持ち上げて、エルダーの手を綺麗にする。No.6だったものがごろりと転がった。
治癒などしていない。
手のひらが切れた瞬間に、すぐ塞がれていたのだ。
エルダーはフェーネを見る。フードをかぶっていて表情は見えないが、その中で穏やかに微笑んでいる顔を容易に想像できた。
あの治癒は、早いなんてものではなかった。
フェーネがついている限り死ぬことはないらしい。
エルダーはレカが一生懸命拭いている手に視線を戻す。
可愛い弟。半年だけ離れていたが、この子は昔からこうだった。善悪の区別が付かないわけではない。ただ、その境目が人とは違うのだ。それが良いことなのか悪いことなのかわからないが、今、この状況ではひどく役に立つことは確かだった。
汚れていない左手で、レカの頭を撫でる。
「? どうしたの?」
「なんでもない。可愛くて仕方ないだけよ」
「えー?」
照れくさそうな声で、爪の際まで綺麗にしたレカが「はい、どうぞ」と手を離す。
「ありがとう――そっちはどう?」
エルダーが呼ぶと、イノンが「よっこらせ」と立ち上がる。
「こっちもだいじょうぶ。痛みは?」
地に伏せていたNo.8はよろよろと身体を起こした。
「あ、ありません……」
「よかった」
「ごめんなさい、No.10」
「ありがとうのほうが嬉しいな。戻っていいよ」
イノンがフードをかぶらせると、No.8はもう一度「ありがとう」と言って素顔を隠す為に姿を変えた。No.7と9が、すぐさま駆け寄る。No.6の死体には目もくれない。恐怖だけで縛っていた関係なんて、そんなものだろう。イノンが肩をすくめている。
そして、ゆっくりとゼラを振り返った。
「ひとり減りましたね、殿下」
「そのようだな」
「向こうには三人、返す予定でしたっけ」
「必ず三人だ」
「だって。君たち、どうする?」
イノンが聞くと、三人はすぐさま頷いた。ゼラに向かって膝をつき、深く頭を垂れる。
「……殿下、オーディルーで何をなさるおつもりか、教えていただくことは出来ますか?」
緊張したように尋ねたNo.8に、ゼラは穏やかに返す。
「聡いね、No.8。私はオーディルーを壊したりはしないよ」
「では……」
「ああ、人質となる為に行く」
ゼラの声はどこまでも澄んでいた。
エルダーは心地のいいその声に耳を傾ける。不思議だ。どこまでも落ち着いていて、凪いでいる。だというのに、深いところが絶え間なく震えているようで、つい集中して聞き入ってしまう。
「――今、この身に価値がある私が向こうで人質となれば、新国王陛下が目指す平和が確実のものとなるだろう。私が正しくないと侮蔑されていても、王族であることは変わらない」
自嘲気味なその言葉に、No.8が反応する。必死に首を横に振った。
「私にとって、あなたは尊敬する方であることに変わりありません。助けていただいたことも……感謝しています」
「……あの、私からも、感謝を」
「ありがとうございます、第五王子殿下」
他の二人も口々に感謝を口にする。エルダーがイノンを見ると、軽く頷いた。ゼラもそれを見ていたらしい。
No.8が深く頭を下げる。
「私たち三人でグレフィリアに戻ります」
「頼めるか?」
「はい、もちろんです」
「そうか。助かる」
ゼラの労るような声に、三人がほっとしたように肩の力を抜いたのが見えた。
「すぐに彼らに追いつきます。道中何もないとは思いますが、治癒士のいない兵だけの移動は危険ですから」
「そうしてくれ」
「……殿下」
ゼラがゆっくりと頷き、No.8が立ち上がる。
「No.6は、殿下とともにオーディルーへ向かった、と、そう話していいでしょうか」
No.6が、自分の預かる治癒士の三人の命を握っていたことや、第五王子が引き連れていた治癒士の二人に殺されたこと、それらについては口にしない、と暗に示したNo.8に、
ゼラの声が微笑んだ。
「頼りにしてるよ、No.8」
「はい。では、我々はこれで失礼します」
「――最後に一つ。あれの凶行に気づかず、申し訳なかった。最後まで耐えてくれてありがとう」
ゼラがそう言うと、三人の治癒士は最後に深々と頭を下げて、戦地を後にした。
静かになった月の下で、イノンが伸びをする。
空気がふっと揺れ、素顔になったイノンはフードをパッと脱いだ。
「殿下、No.6のこと、ありがとうございました」
「いや。お前だけよく無事だったな」
「んー、諦めてくれてたんですかね?」
そうだろうな、とゼラが笑う。
「どちらにしてもちょうど三人返せた。こちらこそ礼を言うよ」
「いえいえ、あれならグレフィリアに行っても大丈夫そうですもんね」
「だといいが――レカ、おいで」
呼ばれたレカが、ゼラの元へ走る。素顔のレカが頭を撫でられているのを眺めていると、エルダーの隣に誰かが並んだ。
「フェーネ」
「手、大丈夫ですか?」
「ええ、誰かわからないけれど、守ってくれているらしくて」
「ほう、優しい人がいるものですね」
素顔を見せたフェーネが、フードを後ろへ向ける。
そして、エルダーの表情を伺うように顔をのぞき込んできた。その顔に向かって手のひらを見せる。
「早いのね。痛みもなかった」
「あなたの身体のことはよく知っているので」
指の間からこちらを見ている目が、ちらりと横に動いた。
「さて、呼ばれたようなので――褒めてもらいに行ってきます。褒められるだけならいいんですけど」




