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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
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「間に合わなかったかー、ざんねん」


 イノンの言葉で、No.6の死を知る。

 エルダーはNo.6のローブで剣の血を拭うレカの白いフードを左手で撫でた。


「よく来たわ」

「呼ばれたような気がしたから。ローブを刺してはいなはずだけど、大丈夫?」

「ええ」

「よかった。大事なローブだもんね」


 そう言うレカは、剣を月明かりに翳して血が残っていないか確かめる。


「よし。綺麗になった。手は治癒した?」

「大丈夫よ」


 右手を見せる。

 すでに傷はなく、血が濡れた手のひらだけだった。レカがぐいっとNo.6のローブを持ち上げて、エルダーの手を綺麗にする。No.6だったものがごろりと転がった。

 

 治癒などしていない。

 手のひらが切れた瞬間に、すぐ塞がれていたのだ。

 エルダーはフェーネを見る。フードをかぶっていて表情は見えないが、その中で穏やかに微笑んでいる顔を容易に想像できた。

 あの治癒は、早いなんてものではなかった。

 フェーネがついている限り死ぬことはないらしい。



 エルダーはレカが一生懸命拭いている手に視線を戻す。

 可愛い弟。半年だけ離れていたが、この子は昔からこうだった。善悪の区別が付かないわけではない。ただ、その境目が人とは違うのだ。それが良いことなのか悪いことなのかわからないが、今、この状況ではひどく役に立つことは確かだった。

 汚れていない左手で、レカの頭を撫でる。


「? どうしたの?」

「なんでもない。可愛くて仕方ないだけよ」

「えー?」


 照れくさそうな声で、爪の際まで綺麗にしたレカが「はい、どうぞ」と手を離す。


「ありがとう――そっちはどう?」


 エルダーが呼ぶと、イノンが「よっこらせ」と立ち上がる。


「こっちもだいじょうぶ。痛みは?」


 地に伏せていたNo.8はよろよろと身体を起こした。


「あ、ありません……」

「よかった」

「ごめんなさい、No.10」

「ありがとうのほうが嬉しいな。戻っていいよ」


 イノンがフードをかぶらせると、No.8はもう一度「ありがとう」と言って素顔を隠す為に姿を変えた。No.7と9が、すぐさま駆け寄る。No.6の死体には目もくれない。恐怖だけで縛っていた関係なんて、そんなものだろう。イノンが肩をすくめている。

 そして、ゆっくりとゼラを振り返った。


「ひとり減りましたね、殿下」

「そのようだな」

「向こうには三人、返す予定でしたっけ」

「必ず三人だ」

「だって。君たち、どうする?」


 イノンが聞くと、三人はすぐさま頷いた。ゼラに向かって膝をつき、深く頭を垂れる。


「……殿下、オーディルーで何をなさるおつもりか、教えていただくことは出来ますか?」


 緊張したように尋ねたNo.8に、ゼラは穏やかに返す。


「聡いね、No.8。私はオーディルーを壊したりはしないよ」

「では……」

「ああ、人質となる為に行く」


 ゼラの声はどこまでも澄んでいた。

 エルダーは心地のいいその声に耳を傾ける。不思議だ。どこまでも落ち着いていて、凪いでいる。だというのに、深いところが絶え間なく震えているようで、つい集中して聞き入ってしまう。


「――今、この身に価値がある私が向こうで人質となれば、新国王陛下が目指す平和が確実のものとなるだろう。私が正しくないと侮蔑されていても、王族であることは変わらない」


 自嘲気味なその言葉に、No.8が反応する。必死に首を横に振った。


「私にとって、あなたは尊敬する方であることに変わりありません。助けていただいたことも……感謝しています」

「……あの、私からも、感謝を」

「ありがとうございます、第五王子殿下」

 

 他の二人も口々に感謝を口にする。エルダーがイノンを見ると、軽く頷いた。ゼラもそれを見ていたらしい。

 No.8が深く頭を下げる。


「私たち三人でグレフィリアに戻ります」

「頼めるか?」

「はい、もちろんです」

「そうか。助かる」


 ゼラの労るような声に、三人がほっとしたように肩の力を抜いたのが見えた。


「すぐに彼らに追いつきます。道中何もないとは思いますが、治癒士のいない兵だけの移動は危険ですから」

「そうしてくれ」

「……殿下」


 ゼラがゆっくりと頷き、No.8が立ち上がる。


「No.6は、殿下とともにオーディルーへ向かった、と、そう話していいでしょうか」


 No.6が、自分の預かる治癒士の三人の命を握っていたことや、第五王子が引き連れていた治癒士の二人に殺されたこと、それらについては口にしない、と暗に示したNo.8に、

ゼラの声が微笑んだ。


「頼りにしてるよ、No.8」

「はい。では、我々はこれで失礼します」

「――最後に一つ。あれの凶行に気づかず、申し訳なかった。最後まで耐えてくれてありがとう」


 ゼラがそう言うと、三人の治癒士は最後に深々と頭を下げて、戦地を後にした。







 

 静かになった月の下で、イノンが伸びをする。

 空気がふっと揺れ、素顔になったイノンはフードをパッと脱いだ。


「殿下、No.6のこと、ありがとうございました」

「いや。お前だけよく無事だったな」

「んー、諦めてくれてたんですかね?」


 そうだろうな、とゼラが笑う。


「どちらにしてもちょうど三人返せた。こちらこそ礼を言うよ」

「いえいえ、あれならグレフィリアに行っても大丈夫そうですもんね」

「だといいが――レカ、おいで」

 

 呼ばれたレカが、ゼラの元へ走る。素顔のレカが頭を撫でられているのを眺めていると、エルダーの隣に誰かが並んだ。


「フェーネ」

「手、大丈夫ですか?」

「ええ、誰かわからないけれど、守ってくれているらしくて」

「ほう、優しい人がいるものですね」


 素顔を見せたフェーネが、フードを後ろへ向ける。

 そして、エルダーの表情を伺うように顔をのぞき込んできた。その顔に向かって手のひらを見せる。


「早いのね。痛みもなかった」

「あなたの身体のことはよく知っているので」

 

 指の間からこちらを見ている目が、ちらりと横に動いた。



「さて、呼ばれたようなので――褒めてもらいに行ってきます。褒められるだけならいいんですけど」

 


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