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「背中を見せなさい」
No.6が低い声で睨みつけるように言う。
エルダーはわざとゆっくりと首を横に振って「嫌です」と穏やかに拒否した。イノンがくすりと笑い、No.6が手を握りしめる。
「管理者様、教育がなっていませんよ」
「あら、あなたもしかして」
エルダーは首を傾げた。そして、再び首を横に振る。
「あ……いえ、なんでも」
「言いたいことがあるのなら言いなさい!」
「殿下。この方、いつもこうなんですか?」
エルダーが少し振り返って聞くと、ゼラは「ふっ」と笑って黒いフードを揺らした。
「休息の洋館にいたときには大人しかったよ。暴力を振るっていたなど聞いたこともない」
「まあ。本性を隠していたのね。それはさぞ大変だったでしょう」
エルダーが労るようにNo.6に言葉を向ける。イノンが笑みをかみ殺すように俯いた。
「馬鹿にしているのですか?!」
「もちろんです。殿下と我々がオーディルーに行く理由がわからないのなら、馬鹿ではなくてなにかしら」
「理由など関係ない!」
金切り声を上げたNo.6の側で、No.8が吐血する。
エルダーはあからさまなため息を吐いた。
「少しは落ち着いたらどうなの? 感情にまかせて心像を使うだなんて、一桁のNo.とは思えないわ」
「黙りなさい!」
「なぜ? なぜあなたの命令を聞かなくてはいけないの? 私が」
「言うことを聞きなさい!!」
「嫌よ。王の愛人だった哀れな人の言うことなど聞くわけがないでしょう」
ピタリとNo.6が止まる。
やっぱり。
エルダーは「ふ!」と大きな声で笑った。
「No.6、あなた素直すぎるわね!」
先ほどまで元気だったはずのNo.6の反応がない。場が不自然なほどに沈黙し、誰も彼もがNo.6を見ている。エルダーは「ああ、おかしい!」と笑った後、じっと前を見据えた。動かなくなったNo.6を。
どうして、と言いたそうなその白い物体に向かって、エルダーは慈愛ある声で話しかける。
「私ね、殿下を管理者様と呼ぶ人をもう一人知っているの。王の愛人だった子よ。若くて、可愛くて、素直で、直情的な激しい子――ああ、あの情けない王の好みだったのかしら。ひどい趣味。若い子が好きだから、あなたは捨てられたのね。可哀想に」
「お前!!」
手を振り上げたそのタイミングで、エルダーは両手を広げた。白いローブの袖が垂れる。
「なんて愚かなのかしら」
「――本当にね」
後ろから囁くような声がした次の瞬間、エルダーの袖と右わき腹の間から、銀色の剣がスッと出てきた。静かにNo.6の左胸に刺さる。
「……!」
手を上に振り上げたまま、No.6が止まる。
エルダーはふわりと距離を詰めた。
動けないNo.6の顔に優しく触れ、口の端から流れてきた血を横に拭う。血塗れたその手でフードを後ろへと倒せば、初代様と呼ばれる美しい無機質な顔が現れた。見開いた目が、ぎょろりと震えてエルダーを捉える。
赤く染まった頬を、エルダーは指先でぺしぺしと叩いた。
「あらあら、誰もあなたの治癒をしてくれないみたいね」
「……治癒を、しな、さ」
No.6の肩越しに後ろに控える二人は、誰も動かない。
「人望がないのね、No.6。命を握られるのはどんな気分?」
つん、と鼻をつついてやると、怒りに満ちた目が一瞬横に動いた。
倒れたままのNo.8見ている。
根性がある。刺されてもNo.8に心像をかけ続けているのだ。
「早く自分を治癒したらどう?」
「……あの子を、殺す」
「あの子? No.8のこと? そうね。賛成するわ。殺してしまいなさい」
エルダーは優しく頷く。
「早く殺して、心像を自分に使えばいいわ。できるのなら、だけど。今、これを横に動かしてもいいのよ?」
剣をつうっと撫でる。
No.6は睨むばかりで何も言わない。
「ふふ! やっぱり。やっぱりあなたっておかしい――オーディルーに治癒士を渡すくらいならば私が殺します、だったかしら。馬鹿ね、宣言する前に全員殺しなさいよ。甘い」
「……っ」
ふと、花の香りがその場にうっすらと立ち上る。
No.8を見ると、素顔になったらしく、イノンが素早く心像を使い始める。
「やっぱり、自分の命が大事よね」
「顔を、見せなさい」
「喋れるようになったの? 使うのがうまいのね。さすが、上位に食い込むまで後一歩の六番手」
「顔を見せなさい!」
「ちょっとうるさい」
エルダーは剣を横にずらす。
「!」
「静かに話してくれる? 私、うるさいのはきらいなの。治癒していても剣が刺さっていることを忘れては駄目よ。この先は心臓だから」
とんとん、と指先で剣を叩けば、ぽたぽたと血が滴った。
「いい子ね。大人しくして――ねえ、そっちはどう?」
「うん、だいじょうぶ。綺麗に治癒できそう」
「もう少し止めておく?」
「いや。もういいよ」
「あ、そう」
イノンと会話を終えたエルダーは、そっと顔だけ振り返る。
「殿下。この者、必要ですか?」
「いいや、いらないね」
黒いローブから聞こえてきた穏和な声を聞き、エルダーはすぐさま剣の刃を握った。手のひらがじわりと熱くなる。血で滑らぬように強く握りしめて、No.6に囁く。
「さあ、私と勝負しましょう。あなたの治癒は、間に合うかしら」
意図することが伝わったらしいNo.6の顔が青ざめる。
「や、やめ」
「だあめ。喧嘩を買ってあげているのだから、感謝をして欲しいくらいよ。ほら、集中して。私を見て。生き残る事も出来るわ。呼吸を整えて――上手。私が剣を動かした瞬間に、治癒を始めるのよ。いい?」
エルダーは左手で胸ぐらを掴み、じっとNo.6を見た。
手で掴んだ剣を横に払う。
命を絶つ感触は軽い。
エルダーは後ろを見る。エルダーの背後に隠れていたレカは、エルダーの視線に気づいて口元を無邪気に綻ばせた。タイミングや力、スピードが合わなければ、切れていたのはNo.6の身体ではなく、エルダーの手だ。
重くなった左手をパッと離すと、鈍い音がして何かが地面に倒れた。




