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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
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 広く寂しい場所の中心に、あらゆるものをかき集めて出来た壁がある。その向こうにオーディルーの陣があるが、誰も見たことはない。

 知らない場所に向かって、彼らは矢を放ち、投石し、火を投げ入れる。誰も死なないとわかっていても、無駄な争いに関わらなくてはならない。その場で争っている事実のために、身を削らなければならない。

 オーディルーから仕掛けられてきたことは一度たりともないというのに。


 まるで子供の相手だわ。


 エルダーは思う。

 グレフィリアのわがままを、あの国はいなし続けているのだ。

 

 




 簡素な野営が点在している。

 張られた布の向こうから明かりが漏れ、人影が揺れているのが見えた。


「呼んできますね」


 イノンが馬上を見上げ、一番奥にある大きな六角形のそれを指さす。


「いや」


 ゼラは馬からひらりと降りた。

 馬を優しく撫でる。と、突然馬が走り出した。野営の周りを駆けて行くように蹄の音を響かせる。当然、何事かと人がわらわらと出てきた。


「殿下は調教師かなにかですか?」


 イノンがこぼすと、ジードは睨み、ゼラは笑った。


「似たようなものかな」

「はあ、なるほど」

「何があっても手を出しては駄目だよ」


 ゼラが穏やかに指示を出す。

 隣に立つロムが一番に頭を下げたのを見て、エルダーは「イノンの言うとおりだわ」と感心した。ゼラの背後にレカと共に控える。その後ろにフェーネとアキレアが立った。

 エルダーがフェーネを振り返ると、ふわりとフードが傾く。


「――どうしました?」


 声、顔、全て自分と同じはずなのに、異質に感じる。

 そういえば、彼の治癒は早かった。

 灰色の庭で、後ろから窓ガラスを割ってきたフェーネの顔が脳裏に過ぎる。腕の中で、少女が震えていたことも。フェーネはあのとき、簡単に傷を塞いで見せた。その早さに、アキレアも驚いたほどだった。


 No.16が戦地では時間をかけて兵を治癒するところを何度も見ていたし、ただ苦手なだけかと思っていたが、今思えば、ゼラがエルダーの護衛に寄越したのだからそうではないはずだ。それに思い至れなかったほどにフェーネは能力を上手に包み隠していた。

 この感じは、どこかカーラにも似ている。


「いいえ、別に」


 エルダーは声に微笑みを乗せる。

 ふと、枯れ果ててNo.2のローブを着せられた少女を思い出す――その微かなカンを掴む前に、目の前が騒がしくなった。


 全員が出てきたところで、ゼラが一歩前へ出る。

 集まった兵達が黒いローブに目を見張り、次には一様に黙ってその場で跪いた。その最後尾から、白いローブが四つ、ゆらゆらと揺れながらやってくる。兵が割れ、道になる。

 まっすぐこちらへ歩いてくる先頭が、No.6らしい。

 優雅に歩き、ゼラの前まで来るとすぐに膝を折った。後ろの三人も続く。


「こんばんは、No.6」


 ゼラが親しげに話しかける。さらに深く俯く彼らからは、ゼラへの敬意を感じた。



「――国王陛下がこの地を旅立たれた」



 全員。兵までもが、弾かれたように顔を上げていた。膝を折っていたNo.6が、そのまま呟く。


「……崩御された、ということですか?」

「ああ。それを知らせに来た」

「……では、殿下が治癒士を連れていらっしゃるのは」

「新国王に即位された王太子殿下が、私の任を解いたからだ」


 ざわりと空気が揺れる中、ゼラの声が空気を打った。


「皆、中央へ帰還し、家族とともに新国王の即位を祝ってもらいたい。この地は不要となった」


 決して大きな声ではない。しかし、全員にそれは届いたらしい。一瞬にして、歓声がわっと上がった。








 エルダーは空っぽになった戦地の壁に向かって立っていた。まだ野営はそのままだが、明かりは全て兵達が持って行ったので、辺りは暗い。月明かりが無人となった戦地をぼんやりと照らしていた。


「……、おい」


 躊躇ったように話しかけられ、エルダーは振り返る。


「まあ、スラー様。なにかご用ですか?」

「……やめろ、気味悪い話し方すんな」

「我が儘ね。あなたが私を呼ばないから、一応気を使ってあげたのに」

 

 眼鏡を押し上げて、大きなため息を吐いたスラーは腕を組んだ。


「え、えるだー」

「……可愛らしい人ね」

「19」

 

 ムッとするスラーに、エルダーは「好きに呼んで」とにっこりと笑う。スラーは視線を逸らして、心底不快そうに二度目のため息を吐いた。


「それで、なに?」

「チェックが終わった。向こうへ来い」

「ありがとう。呼びに来てくれたのね」

「……あとジードから一つ、伝えるように言われた」

「お小言?」

「不要なことはするな、だそうだ」

「あら、違った」


 エルダーが目を瞬かせると、スラーはしかめっ面になったが、突っ込んで聞くと面倒なことになると悟るやいなや、くるりと背を見せた。



 兵達は帰還した。突然の帰還命令に、まるで子供のようにはしゃぎながら荷物をまとめ、馬とともに戦地を後にした。興奮に包まれた空気が塊となって移動しているのを感じる。確かに平和は訪れた。今、彼らの頭上に。


 エルダーは野営を点検していた全員が集まっている場所を見る。


 これからだ。

 未だ残る治癒士を言いくるめて一人こちらへ。三人を向こうへ返すという手筈らしい。

 ゼラが手紙を持たせた隊長は、少年に深く、長く、頭を下げた後に「ご武運を」と言い残して隊を引き連れていった。彼もまた、協力者だったらしい。

 けれど、あの中にはいない。

 イノンが言う「わからない」は、相当警戒しなければならない。けれど――



「不要なことはするな、ね……」



 エルダーは笑う。

 月を背負って、蝶が羽ばたくように、歩いていく。



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