40:線上のNo.10
休息の洋館から出て数時間。
夜を掛けた馬が戦地の入り口へと到着すると、ランプを持った治癒士が一人、出迎えた。
「……お待ちしておりました。みなさま」
ゆらゆらと火が揺れ、深々と頭を下げるローブを瞬かせる。
エルダーが馬を下り、次々と他の者も下りるが、ゼラだけが馬上に残り、それに向かって労る言葉を掛ける。
「出迎えご苦労、No.10」
「ご無事でなりよりです」
「様子は」
「ええ、停戦状態が続いているのでみなさん家に帰りたそうにしていますよ」
「それはいい」
ゼラが笑うと、No.10はエルダーに向かってひらりと手を振った。
「や、エルダー。おつかれさま」
「ねえ見て。私の弟なの」
「おやまあ、うわさの。かわいらしいお顔をした狂犬だね――こんばんは、ぼくはイノン。お名前は?」
イノンがゆったりした口調で聞く。
エルダーはNo.18のローブを着たレカの背中を優しく押した。
「大丈夫よ。彼はお友達なの」
「そうそう、おねえさんのお友達だよ」
「悪友だな」
ゼラが言うと、イノンはランプを揺らして笑った。
「うん、ぼくはね、彼女が治癒士となったときの教育係なんだ。こわくないよ」
「……レカです。姉から、僕のことを?」
「むりやり聞き出しちゃった。彼女、自分のことじゃない誰かの特性についてしりたがるから」
懐かしそうに言われ、エルダーはイノンを軽く睨む。
「はいはい、ごめんね。ところで」
イノンは白いローブの他の二人に向かってランプをそっと向けた。
「色男をつれているね。女の子は排除したの? ふたりくらいいたでしょ」
「ええ。女を連れて行くのは面倒だもの」
「ふふ、どうだか。きみは嫉妬深いからね。あ、そうだったそうだった。ちょっと待ってね」
イノンがふっと力を抜く。
辺りにかすかな甘い香りがして、すっと背が伸びる。フードを取った癖毛の男が、にこやかに首を傾げた。
「イノン。No.10だよ。エルダーの教育係で、お友達で……あと、なんだろう」
「師弟関係でいいんじゃないの」
「それだと、ぼくがきみをそんな狂った人間に育てたみたいじゃない。それはごめんだ」
からからと笑うイノンは、顔の前で手を振る。そして、エルダーの肩をつついた。
「紹介してくれるかな」
「ああ――こちらがフェーネ」
「No.16です。どうぞよろしく」
にこりと笑うフェーネの顔がランプの炎に揺れる。なるほど、とイノンが頷いた。
「ちょっと怖いタイプかな」
「で、こっちがアキレア」
「……No.17だ」
「わかった、不思議系」
「それから、スラー」
「え」
自分まで紹介されると思っていなかったのか、スラーがぎょっとする。イノンは再び頷いた。
「やんちゃ系めがね」
「あれがロムよ」
「……へえ……あの子は、エルダーによく似ているね」
「うわあ、嬉しくない」
ロムが即座に笑顔で反応すると、イノンは「ほらね」と穏やかに笑う。エルダーは肩をすくめ、ジードへ視線を送る。
受け取ったジードが、すぐに声を掛けてくれた。
「イノン、統制はどの程度取れている」
「んー、兵は全く問題ないかと。治癒士の方は……ここから三人返すんですよね?」
「ああ」
「ぼくはついて行きますけど、後一人連れて行けそうなのは、うーん、わかりませんねえ」
「はあ?」
さらりと言ったイノンに、ジードが顔を歪める。エルダーは知っている。ジードはイノンが相当苦手らしい。というか、合わないのだ。エルダーの教育係がイノンになり、レカのことを話したせいでジードとイノンも密かに連携を取るようになったが、同年代だというのにこれが悉く合わない。ゼラはそれを大層気に入っているが。
ゼラがくすくすと笑う。
「お前がわからないのなら、仕方ないな」
「ええ、すみません」
「向こうは?」
「変わりありませんよ」
「そうか」
「では、ご案内します。あ、みんなもそろそろ初代様に戻っておこうか。ぼく以外の治癒士がどう反応するかわからないしね」
イノンがフードをかぶり、ふっと小柄な身体へと変化させる。
静かに立っていたフェーネが、やけにゆっくりとエルダーを見た。
「エルダー」
エルダーはフードをかぶりながら「なに」と聞き返す。
「彼は信用できますか?」
ああ、やはり、フェーネも合わないらしい。
エルダーは内心苦笑する。フェーネの隣のアキレアも、警戒するような目をしていた。スラーは無表情だが物言いたげに見ているし、ロムは「胡散臭そう」と顔に書いてある。
歪な者達がようやく目的を一つに絞って繋がったばかりだ。イノンは余所者でしかないのだろう。
エルダーは笑う。
フェーネは、イノンを信用できるかを聞いているのではない。エルダーがこれを信用しているのか、と聞いているのだ。清廉な聖職者のような治癒士は、心配性らしい。
「そうね」
エルダーは頷く。
「あなたよりは信用できるわ」
目を瞬かせたフェーネは、一拍おいて息を漏らすように笑った。
「そうですか……、ふっ、そうなら、大丈夫ですね?」
「そうよ、大丈夫よ」
「? エルダーは、かれを信用していないの?」
イノンに、エルダーは「さあ」とだけ答える。
「よくわからない人なの」
「失礼ですね」
「そう思っていないくせに」
イノンが二人を見た後「ああ」と一言だけ呟き、口を閉じた。
人を用意に見抜く男が黙ってくれたことに感謝する。
これを騙すことは出来ない。
だからこそ「わからない」というのなら、向こうで待つ四人の治癒士のことが、本当にわからないのだ。
戦地にいるのはNo.6から、イノンのNo.10まで。上位に食い込める者達ならば、出し抜くのも面倒かもしれない。イノンは面倒なことが嫌いな大人だった。
エルダーは手をぶらぶらと振る。
姿を「初代様」に変えると、続いてアキレアもフェーネもレカもフードをかぶった。全員が同じシルエットに変わる。
「さあ、いこうか」
イノンのランプの明かりが、ゆらりと大きく揺れている。




