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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――白昼夢――
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 その後は凄まじい勢いで状況が流れていった。

 戦地から戻ってきた兵は三人の治癒士に引き連れられており、書簡を持たされていた。

 書かれていたことは概ねカーラの予想通りのもので、ゼラから新たなる王への謝罪と、忠誠を誓う言葉が書き連ねられていた。


 思い直した、と。

 夜の森を駆けている間に、頭が冷えた。裏切られたと思ったが、これこそが王になる者の覚悟なのだ、と自分の幼さを恥じている。No.2とNo.20を殺したことを申し訳なく思い、そちらに三人の治癒士を返し、オーディルーへ降伏、人質となる――


 それを読んだリュゼは震えていた。

 王女との婚約をゼラが引き継ぐように立ち回ることが書かれていたからだろう。リュゼの目下の面倒事は、オーディルーの王女との婚約だったからだ。

 何より、最後に書かれた「私の治癒士であるNo.19は死にました」の一文に、喜び震えていたのだ。


 それからはすべてが望むように転がった。

 王の崩御と、新国王の即位。戦地での争いは終結し、兵が全員帰ってきたことを民に知らせると、中央は歓喜に包まれ、花が舞い、人々が喜びに踊りながらリュゼの即位を祝福した。




 それが、一年半前のことだ。




 オーディルーを通して、ゼラからは時折報告が届いている。


 人質ではなく客人として扱われていることや、彼らが争いを終われたことに安堵し、オーディルーの民も新国王に期待していること、そして、王女との婚約が無事に成立したこと。



「ようやく、終わるわね」


 カーラが言うと、後ろに立っていたメラーレが頷いた。

 王の崩御の後はずっと陰気な顔をしていたが、彼女の顔は今や晴れやかだ。昨日、子供を閉じこめていた地下をすべて片づけ終えることができた。不思議なことに、ここ数年は「正しくない」治癒士の出現もなかったので、処分する者もいなかったのが幸いした。


 メラーレはこれから償うために、生きていくことを約束してくれた。


「あれから一年半――第二王子が結婚して、子供も産まれたけど、本当に早かった」

「そうね。今度は子育てを間違えないでね」


 カーラが言うと、次代の王であろう子供の治癒士となったメラーレは困ったように笑った。


「過ちは繰り返さない」


 母親から取り上げなかったのだから、きっとメラーレは大丈夫だろう。カーラは鏡越しに微笑んだ。まだ「初代様」の顔をしているが、今夜、カーラはリュゼに素顔を見せる約束をしている。この顔とも、今日でお別れだ。

 No.1のローブも、今日だけは脱いである。今頃は、教会の「初代様」の像の肩に掛けられているはずだ。

 メラーレがカーラの髪を梳く。


「本当に……結婚するのね」

「そうみたい」


 カーラがくすくす笑うと、呆れたような目と鏡の中で目が合う。

 マリーの相談相手になっていカーラは、この一年そつなく過ごすことができていた。それどころか、恋というものにどっぷりと浸っていた。


「てっきり盛り上がって結婚の話でもしていたのかと思ったら、本当に本気だったみたいなのよ。それに、夜を共にしていない……純愛の果ての結婚よ」


 鏡の中で笑うカーラは、どこか狂気をはらんだ笑みで自らの純白のドレスを見つめた。


「王が治癒士と結婚なんて、少し前までは考えられなかったのにね」

「……陛下は、人望のある方だから」

「あなたも根回しをしてくれたって聞いているわ。ありがとう」

「ううん」


 メラーレがとん、と両肩に手をおく。


「あなたの覚悟を知ったから。どうか、幸せになって」

「メラーレ」

「少し待ってて。ここから動かないでね」


 メラーレはぱっと控え室から出ていくと、すぐに戻ってきた。連れてきた者を部屋に通し、また出て行く。


「――綺麗だね、マリー」

「リュゼ様」

「後少しで式だから、君と少し話したらどうかって、メラーレが」

「そうでしたか」


 髪を撫でつけた優しい顔が、カーラを愛おしそうに見ている。大人になったものだ。カーラは感慨深くなると同時に、今この時間をメラーレが与えた意味を噛みしめた。


「……どうかしたかい?」


 威圧感のない、小さな声。するりと人の間に入るその声と眼差しに、カーラは弱々しく笑いかけた。途端に、リュゼの眉が悲しげに下がる。


「マリー?」

「ごめんなさい……聞きたいことがあって」

「何でも言ってごらん」

「――あなたの、治癒士だった人のことです」


 どうして、私を殺そうとしたの。


「ああ」


 リュゼはそっとカーラの頬に触れた。


「君には正直に言わなくてはね」


 そして、苦しげに目を伏せる。


「――彼女は、私の唯一の理解者だった。花嫁にこんな事を言ってはならないのだろうが……君には知っておいてもらいたい。僕は、彼女を愛していた」


 懺悔をするように、リュゼが両手で顔を覆って俯く。


「カーラに甘えたままでは、僕は非情になりきれない。彼女を失う覚悟をした僕でなければ、きっと王にはなれなかった。必要な犠牲だったと言い聞かせてきたが――日に日に後悔が強くなっていた。君がいなければ、後を追ったかもしれない。悪い、こんなことを君に言ってしまって」

「いえ……いいえ、リュゼ様」


 カーラはその頭をそっと抱き寄せる。

 本当にどうしようもない人だ。

 なんて愛おしい。


「私はずっとそばにおります」

「ありがとう、マリー」




 馬鹿なことをしただろうか。

 リュゼの腕を取り、控え室から教会までの廊下を歩きながら、カーラはこの一年半を思い起こす。


 恋とやらを味わったが、悪いものではなかったし、後悔してくれていたというのなら、これほど幸せなこともない。覚悟のための死はカーラにしか背負えなかったという究極の愛も聞けた今、あのとき入れ替わっていてよかったと、カーラは心から思えた。


 二人で教会に入り、前列で白いローブをきた十三人の治癒士達の元へ歩く。ずらりと並ぶ参列した人々の顔をみれば、これが祝福されたものであることがわかった。

 最後の一歩を踏み出すと、治癒士達が頭を下げる。その中央にある「初代様」の像の肩には、ローブが掛けられていた。


 ああ。

 これが幸せなのだわ。




「――お祝い申し上げる。兄上、そして、カーラ」





 振り返る。

 開け放したままの教会の扉の向こうに、黒いローブの死神が立っていた。

 その後ろに、真っ赤なローブを着た者達が控えている。

 ゆっくりと、二人が前に出てきた。


 その瞬間、参列者が崩れ落ちる。

 いや、参列者全員の首が、真横に斬られたように滑って落ちたのだ。血飛沫が上がる中を、二人が歩いてくる。カーラは十三人の治癒士を振り返った。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「誰なの!!」


 カーラが叫ぶと同時に、顔に切り傷が走った。

 手で押さえる。歩いてくるのは二人だけではない。後ろをもう一人――


 ()()は、カーラの前を素通りして、像に掛けられたローブを手にした。


「!」


 赤いローブ――ではなく、血に染まった白いローブを脱いだその顔には見覚えがある。No.1のローブを最初に着た男だ。治癒士の何人かが、その場で倒れ始める。


「返してもらいますね?」


 フェーネ、と怒鳴る前に、カーラは叫び声をあげていた。

 二人の内一人が、ローブの中から剣でリュゼの腹を刺したからだ。もう一人が身体を支え、剣を刺したまま、治癒を始める。ローブの隙間から銀の髪がはらりと落ちる。



「……、え、える、だ」

「ごきげんよう、カーラ。王太子様、聞こえます?」

「姉さん、これ、王だよ」

「あらそうだった」

「エルダー!」



 真っ青なカーラがエルダーに心像(イメージ)を使おうとするが、かからない。首なしの血飛沫が落ち着いたところを歩いてくる死神とその後ろを歩く者達の誰かが、エルダーとレカにイメージをかけ続けているのだ。咄嗟にゼラにかけようとするが、それも出来ない。




 死神がやってくる。


 微笑みながら、音もなく血の海を歩いている。



 カーラの純白のドレスは、足下からじわじわ赤く染まりはじめていた。




読んでくださり、ありがとうございます。

グレフィリア編はここまでになり、次からは一年半前に遡ってオーディルー編となります。

お時間のあるときにお付き合いいただけたら嬉しいです。


いつもありがとうございます!




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