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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――白昼夢――
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「本当にそれでいいの?」


 メラーレから尋ねられる。

 本当にそれで。

 名前をなくして、それどころか別の名前で呼ばれ、別の人間として愛される。


 ――No.2は、ちゃんと死んだかい?


 たとえ嬉しそうに聞かれても、動じない。満面の笑みで「はい」と答えることができた。

 カーラは頷く。


「私が唯一愛せる人よ。それでいい」

「……」

「どうして愛せるのかわからないって顔、してるわね」


 カーラが言うと、彼女は口を噤んだ。


「そうよね――メラーレからしたらそうなんでしょう。小さい子供の頃から一緒にいて、あなたはあの王を我が子のように思ってたのかもしれない」

「……最初から、王であったわけではない」

「ふふ。可愛いときがあった? あれが生まれたとき、私はそばにいたわけではないし、あの頃少しごたつきはじめていたもの。初代様がこの世を去ったことがオーディルーに知れ渡ってしまったわ。なのに、あの人の魂を求めて城の近くに新しい治癒士も出てくる――性に合わないのに、教育係なんてこともさせられてた。私は忙しかった記憶ばかりよ」


 先代は、オーディルーとの関係を修正している途中だった。その二年前から、無邪気を装った王太子が火種を蒔いていたからだ。

 火種の効果は覿面で、民同士はいつの間にかいがみ合うようになった上に、それまで長い間両国ともに伏せてきた事実まで不自然なほど一気に広がったのだ。


 ――呪われた娘が、連れ去られた先で死んでいた、と。


 確証はなくとも、誰の仕業かはみんな知っていた。

 そんな中で、王太子が素直に結婚をして子をもうけたことは、先代を安堵させたことだろう。

 その面倒を見る羽目になったのが、当時教育係をしていたカーラだった。



「最初は、とんでもないものを押しつけられたと思ったわ。泣くし、寝ないし、顔はいつも汚いし。あのころ面倒見てたのは、ほとんどが私の回りの人間よ。何度も母親に返してきてって言ったけど、みんなそういうわけにはいかないって言うばかり」


 メラーレがほんの少し表情を険しいものに変える。

 彼女からしてみれば、子供は可愛らしく、何をしてでも守ってやりたいかけがえのない存在だったのかもしれない。突き放すなど信じられない上に、母親に返すだなんて考えたこともないのだろう。



「だから、ずっと距離があったわ。私にしてみれば、私は親ではなく、あの子は家族でも子供でもない。ただ、私を離れたところからじっと見ている小さい人間だった。あっという間に大きくなったけど」



 小さな頃から後ろをついてきていた。元々父親()は威圧的な人間で、当時は先代を幽閉させた後でずいぶん気が立っている頃だった。彼の母親もあっけなく死に、後妻を迎えて弟が生まれたりと、王太子である彼は、立場の割に周りにずいぶんと放っておかれたような気がする。治癒士がいるなら大丈夫だろう、という周りの無関心と、カーラ自身の無関心の間で、彼はカーラについた。カーラに愛を求めた。


 彼が思春期とやらにさしかかってきた頃には、後ろをついてきながら甘く口説いてくるのが日常だった。



「駆け引きを楽しむようになったのよ。私ならば許されると踏んだから。でも、それが楽しかった。お互いにね。あしらって、あしらわれて。その間って、目を離さないでしょう。ずっと、心も体も相手に向いている。あの人はそれに安心するし、私は」


 私は――

 思い出す。赤子を奪われて睨む母親の目を。

 その時感じた感情を。


「私は――そこまでして振り向いてもらいたいって思う必死なあの人が可愛かった。能力を求められない。私だけを、私の愛情を求めるあの人が、ただ愛おしいの。その感情を知ってしまったから、もう逃げられないだけなのよ」


 今以上に、自分が誰かを愛することができるとは思えない。これが、唯一の愛だ。

 

「欲しいの」


 カーラは目を伏せた。


「あの人の愛が欲しい」


 愛されるための「正しい」手段などない。自分の存在だって殺せる。特別な椅子が一つしかないのなら、そこに座ろうとする全ての人間をなぎ倒して、踏みつけてやる。二度と這い上がれないようにして捨てる。

 私にしかできない。



「平和に導いた王――あの人をそこに連れていく」



 黙っていたメラーレは、しばらくしてようやく納得したように俯いた。


「ねえ、メラーレ」

「……なに?」

「私とあなた以外に、この状態を知っている人はいるのかしら」


 つまり、ゼラの魂胆を知っている者はいるのか、とカーラが問うと、彼女は首を緩く振る。


「知らない。そもそも本人と話したこともないから」

「あなたへはリュゼ様が話を通したものね。そもそも、あの子が苦手なんでしょう?」

「……」

「罪悪感を刺激される?」

「……かわいそうな子だとは、思う」

「可哀想なことをしていたのは、あなたの主だけどね」


 メラーレがすっと表情を失った。

 どんな子なのか、と聞いてもこない。ひどいことに荷担してきた自覚はあるのだろう。

 

「で――まだ何とも思わないの?」


 カーラが言うと、ぴくりと眉が動く。

 可哀想な子に手を差し伸べなかったことを責めているのではない。カーラ自身も関係ないと放っておいたし、それは今この城にいる者全員そうだった。あの王子の扱いに心を痛めている者なんていない。


 けれど、あの少年がこの国の平和のために動いている。


 メラーレが顔を上げた。



「カーラ――私、あの人が、まだ子供の治癒士にまで手を出していたのを知っていても、何もできなかった。したくなかったの。あの子(ゼラ)がどういう意図で動いているのかは知らない。けど、感謝してる。約束だったから――リュゼが手を貸して欲しいと言ってきたときは、躊躇わずに自分のことを殺して欲しい。そうあの人が言っていたの。リュゼが生まれたその夜だった」



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