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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――白昼夢――
36/136

36:グレフィリアの朝



 静かだった。あまりにも静かな朝だ。

 グレフィリアに戻って半日。新しくあてがわれた可愛らしい部屋で、カーラはじっと窓の外を見ていた。

 続々と兵達が静かに配置されていく。城から街へ、街から外へ、守りを固めている。予想通りの動きだった。今日の昼までにはそこにゼラをよく知った家臣達や顔見知りの使用人まで雑多に集められ、説得のために待機することになるのだろう。


 同時に、グレフィリアの民達に王の崩御を知らせる準備も進められている。


 

 カーラは、そっと腕を組む。


 到着したのは日が沈んだ頃だった。

 馬上の血塗れたローブは哀れな民達に見られずに済んだ。城に駆け込み、衛兵の前で馬から崩れるように落ちれば「弱ったNo.20が命からがら逃げてきた」様に見えたことだろう。

 到着前に、深めの傷をいくつか作っておいてよかった。

 カーラならばすぐに治せるが、No.20ならば治癒が進まない位の傷を調整するのは中々面白かった。


 あとは筋書き通りだ。


 保護され、新国王の元へ連れて行ってもらい、そばにいたNo.1に治癒を施してもらいながら報告をする。



 ――No.2が休息の洋館に到着し、国王の崩御を聞いた途端、第五王子がNo.2を殺害。すぐに助けようと駆け寄って治癒を施そうとしたところを、後ろから刺されれしまいました。死んだふりをしてその場をしのぎ、第五王子が残りの治癒士を煽り、城に攻め入るために戦地の治癒士と兵を迎えに行くのを聞いて、彼らが館を出た後で必死にグレフィリアまで戻ってきたのです。役目を果たせず、申し訳ありません――



 そう言うと、王太子であるリュゼは目に涙を浮かべて、カーラを抱き寄せた。

 ありがとう、と彼は言った。



 ありがとう、僕のマリー。謝ることなどないよ。君が無事に帰ってきてくれてよかった。No.2は、ちゃんと死んだかい?







 部屋の扉がノックされる。


「――はい」


 控えめに、清廉に。

 たとえ治癒士の顔が同じでも、声が同じでも、ほんの少しの表情や話し方で印象は変わる。

 No.20であるマリーは控えめで地味、献身的でありながら幼かった。よく言えば普通。感情的で素直なところは、感情を殺すことになれていない最後尾の治癒士らしかった。


 そういうところがよかったのかしら。


 ゆっくりと扉が開く。

 そこに立っていたのは、隙のない灰色のワンピースに身を包んだ少女だった。

 顔は同じ。だが、表情が違う。陰気で、罪悪感にでも押し潰されそうな縋る目をしていた。


「ああ……入って。No.1」


 カーラが声をかけると、彼女は諦めたような目で入ってくる。


「もう私はNo.を返上したの。これを、あなたにと王太子――いえ、陛下が」


 窓際まで歩く彼女は、腕に駆けていたローブをカーラに差し出した。受け取り、それをそばの椅子に投げる。


「わざわざありがとう」

「……カーラ」

「やめて」


 ため息を吐くと、自分の主を殺した治癒士は悲しげに眉を下げた。

 カーラは、同じ顔をした頬をそっと撫でる。


「ねえ、世界は回り始めたわ。新たな王のもとで生きていくしかないのよ」

「……」

「まだ思い悩んでいるの?」


 仕方ないじゃない。

 殺すしかなかったんだから。

 カーラはそれだけは口に出さなかった。

 治癒士の頂上に立っていた彼女は、役割に似合わぬほど心根が優しく、清廉潔白な人間と言えた。

 王は彼女を心底信頼していたし、彼女もあんな情けない王でもいつもそばにいた。



 王太子の治癒士は特別だ。

 生まれた瞬間から共に過ごしていく。それは次代の王を守るためでもあり、治癒士に情を抱かせるためでもある。

 決して王になる者に刃向かわぬよう、自分の子のように常に守り、育て、導いていく。


 カーラもそうだった。

 けれど、あいにくカーラには「血よりも濃い絆」とやらは生まれず、力で守るのは得意であったが、育てて導くという芸当などできはしなかった。それがどうしてか相手を愛してしまう方向にねじ曲がってしまうなど、赤子を腕に置かれたときには思いも寄らなかった。


 腕の中の小さな生き物。

 部屋の中には、先代の王と、当時のNo.1。そして王太子だった王のそばには、当時No.2だった彼女がいた。

 子を産んだ母親は、死にそうな顔で一度も我が子を腕にだけないままカーラを睨んでいるのに、四人だけが幸せそうに「この子を頼むよ」とカーラに言う。

 カーラは母親に同情した。初めて人に対して抱いた感情がそれだった。

 不思議で仕方なかったのだ。

 どうして彼らはあれの表情に気づかないのだろう、と。





「もう気にしない方がいいわ」

「違う」


 一応わからないなりに慰めたつもりだったが、彼女は首を横に振るばかりだ。何が言いたいのかと顔を見つめると、つま先を見たままの彼女は苦しげに心の内を吐き出す。


「違う――あの人を殺したことを、悔いてはいない。第三王子殿下が粛正を受けることになったのは残念だったけど、この混乱を起こした責任は取る……そう決めてるから。でも、あなたの名前がなくなったのよ」


 名前がなくなった。

 カーラは首を傾げる。


「それがどうしたの?」

「あなたの……名前よ?」

「名前なんて記号だわ。ころころ変わるNo.と何も違いなんてない」

「カーラ」

「メラーレ。あなた、そう呼ばれたかったの?」

「初代様にいただいた名前なのよ」

「忘れたわ。あんな薄情な人のことは」


 そう。忘れた。

 カーラに名前を授けたあの人は、永遠に生きられるだろうに、その命を自然に終えると言って、この世を離れてしまった。

 あの人の魂を求めて、今もグレフィリアに治癒士が生まれる。あの人の生まれたオーディルーに近ければ近いほど生まれる治癒士は多いが、彼らは「正しくない」そうなので、自滅させられているらしい。


 ちらりとメラーレを見ると、表情を強ばらせたままの彼女が唇を噛んだ。彼女も、葛藤があったのだろう。どうでもいいことだが。

 カーラは窓の外を見る。

 


「あなたと王だった男のことは口出ししないわ。私とリュゼ様のことも放っておいて。名前が何。記号が何。あの人に愛されることが一番大切なの。そのためだったら最後尾のNo.にだってなれる。あの人の生きる世が平和であるのなら、それでいいのよ」


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