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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――殺されたNo.19――
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 庭に残されたジードは、ようやく重いため息を吐く。


「ふ」


 ゼラが笑っている。


「殿下」

「うーん、よかった。ロムもスラーも、兄上の手の者ではないね」

「わかっていらっしゃったでしょう」


 向こうに行くまでにハッキリさせておきたかったのだろう。スラーにはエルダーの扱いで揺さぶりをかけ、ロムはエルダーとレカに託した。ジードは基本的にはゼラのすることに口を出しはしないが、今回は別だった。あれはわざとだ。


「それにしても、ロムはエルダーに懐いたか。逆上して剣を抜くこともあり得たがーーうまくやったね」

「あなたがそう育てましたから」

「本当に厄介な子だ」


 愛おしげに、エルダーの去っていった方を見る。


「私の側にだけいればいいというのに、誰にでも好かれてしまう。足でも切ってしまった方がいいかな」

「ゼラ、やめなさい」

「冗談だよ」


 半分本気だ。

 ジードは知っている。


 人形だなど思っていない。あれはわざと、スラーにエルダーを哀れませる為だけに言ったのだ。そして、フェーネに「これ以上手を出すな」と暗に圧をかけた。



「誤解していますよ。エルダーも」

「いいんだよ」


 ゼラが十五歳の少年らしく頬をゆるめる。


「エルダーは私に飼われている、と思っていた方が都合がいい。私まで治癒士を心底愛しているだなんて、誰にも知られたくない。お前だけ知ってくれていればいいよ」


 幼い二人が、泣きながら駆け寄ったことを覚えている。ベッドに一緒に潜って、泣いているエルダーを慰めていたことも知っている。強く生きるために、ゼラが自分が強くなった方法をエルダーに教え込んできたことも、誰にも殺されないように、エルダーを守っていることも。

 ジードだけが全て知っている。


 今回の反乱の発端が、エルダーの処分が決まったからだということも。


 ただ生かすため。

 ただ、守るため。


「どうか、私が嫉妬に狂って忠実なあの子達を殺さないように、お前が止めてくれ」

「言われなくても。ただ、()()を殺すことは止めませんから」


 ジードが言うと、ゼラは「そのつもりだから大丈夫だ」と微笑む。

 第一王子である王太子。

 いまや国王となった、あの気弱で無害に見える男。

 エルダーを呼び出して襲おうとしたあげく、返り討ちにあって不能になった男。それが原因で父親を殺すことにした上に、ゼラにエルダーを殺すように迫った、馬鹿な男。


 ジードはため息を吐いた。

 あの呼び出しは、レカが受けるはずだった。知ったエルダーが一歩先に接触してしまったことが全ての発端だ。


 ――レカに行かせようとしたわね?


 忍んで部屋に訪ねてきたエルダーが睨みながらそう言った。二年前だ。

 何故勝手に行ったのか、と叱ると、彼女は首の痣を見せてきた。


 ――レカがこういう目に遭わないためによ。あれにレカを渡しては駄目。拒否しないわ。面白がって許すに決まってる。相手を馬鹿にするためならどんなことでもするわ、あの子。


 エルダーの言い分はもっともだった。首の痣を治癒させながら、彼女は笑う。


 ――制裁ならしてきた。あっちだって誰にも言えない。言えるわけがない。治癒士を襲って不能にされただなんて、男が――王太子が言えないでしょう? 余計な火種は蒔きたくないの。このことは、ゼラ様には言わないで。レカにも言っておいたけど、レカが行って、恨み言を聞かされて、それで終わりだったってことにして。恨まれるのは私だけでいい。


 ジードは黙り込み、エルダーは夜に紛れるように出て行った。



 確かに、あの王太子は不能にされたことは誰にも言わなかった。自分の治癒士にすら打ち明けられず、元に戻してもらえなかったらしい。オーディルーの王女と早く結婚をして後継者を、と急かす父親に、次第に追いつめられていった。


 ゼラが入り込むのは簡単だった。何も知らないフリをして、父親を引きずり降ろし、自分が王になり、好きな相手と慎ましい生活を送るのが幸せである、と兄に寄り添う弟となった。


 休息の洋館の管理者になった際には、エルダーにフェーネをつけた。どこまでも守ろうとした相手を、王太子は処分するように迫ったのだ。相当に恨んでいたのだろう。不能にされたことなのか、それともエルダーを手にできなかったことなのか、どちらかはわからないが。


 ジードは今でも、それを言われて戻ってきたゼラの様子を思い出せる。


 ――優しい兄上は、椅子を奪えた暁には、私に上位のNo.をくださると言ったぞ。もう必要のないエルダーを処分しろ、と。正しくない予備からあてがわれて可哀想に、と同情までしてくださった。


 今にも世界を破壊しそうな少年が、続けて言った。


 ――グレフィリアを壊す。ここはもう救いようがない。


 ジードの視界がさあっと広がった気がした。

 簡単なことだった。

 ゼラのために、何にも脅かされずに生きていける場所をつくろうとしてきた。けれど、そもそもグレフィリアにはそれがなかったのだ。


 なかったのなら、一度壊して作り直すしかない。


 罪なら背負える。誰かを殺めることも厭わない。自分の存在は、ゼラと、そしてエルダーとレカのためにある。そう思う自分を恐れることもできる。

 まだ、正常だ。

 判断を間違えはしない。



「ジード」


 ゼラから呼ばれ、知らずのうちに下がっていた視線を上げる。


「はい、殿下」

「ありがとう」


 昔の顔が過ぎる。

 五歳だった。護衛という言葉に首を傾げる子供に「あなたの味方になりました」と自己紹介をすると、驚いたように目を丸くした後に「ありがとう」と少し悲しそうにはにかんだ。

 あの表情とよく似た顔で、ゼラがもう一度言う。



「ありがとう」



 馬の蹄の音が、赤い空気に溶けてこちらへ向かってくる。

 ジードは手を伸ばしていた。

 ゼラの頭を、グシャグシャと撫でる。昔のように。


「いいよ。ずっと、ゼラの味方だ」


 お前が何をしようと。

 誰を操ろうと。

 誰を愛そうと。

 絶対に味方だ。

 全ての罪を背負う為にここにいる。


 無邪気に笑った一瞬の素顔を、ジードは心の底に沈める。



「さ、行きましょうか、殿下」


 髪を整えてやると、ゼラは頷いた。

 彼もまた、何かを沈めたのだろう。

 前を見る目は、すでにいつもの冷めた色に変わっていた。


 赤く染まった世界によく似合う。

 これから夜が訪れると、彼はひっそりと隠される。その間、何をしても、きっと誰にも咎められないだろう。世界は彼を振り落とさない。









 八頭の馬が、森を駆け抜ける。

 スピードを緩めることなく、一心不乱に、木々をすり抜けて前へ前へと進む。

 白いローブが四つ。黒いローブが一つ、それを囲うように細い黒いシルエットが三つ。髪が風にはためいている。葉が落ちる。頬をかすめるそれは、踊るように後ろへと飛ばされていく。


 夜へ。

 深い夜へ。


 グレフィリアを、破滅へ導く夜へ。







――殺されたNo.19――

 


読んでくださり、ありがとうございます。

ようやく一部を完結することができました。これからグレフィリアやオーディルーを焦点に、じわじわダークな方向へと向かう予定です。


初めてのファンタジーで苦戦していますが、ほんの少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] やばいーーー!! ゼラ様がこんなタイミングでデレを見せるなんて!! 毎回のように、愛憎の狂気を描くところも本当にゾクゾクします。終わり方も一部完結に相応しい切り方で、藤谷さんのセンスが光…
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