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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――殺されたNo.19――
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 グレフィリア最初の治癒士を、誰もが「初代様」と呼ぶ。

 短い髪に、少女のようでいて少年のような、人形のように美しい隙のない顔をしているのが「初代様」だ。

 治癒士はこの姿を真似る。

 忠誠心を捧げるため、そして、お互いを殺し合わないため。

 しかし、現実は、治癒士の存在を崇高な者にするために他ならない。



 ジードはそっくりな姉弟をそっと見た。

 ロムもスラーも、同じように「信じられない」と言う顔をしていた。

 

 治癒士というものが希有で神聖な存在であることは、刷り込まれている。


 治癒士は聖なる者。

 治癒士は人を癒す者。

 治癒士は国と民を守る者。


 呪与士は人を呪う「正しくない」者である、と、あの王は感情を煽ってきた。グレフィリアこそが「正しい」のだ、と両手を広げてきた。


 事実はそうではないというのに。

 あの怒れる王は、そうしてこの世界に「正しい治癒士」を増やそうとしてきた。趣味の悪い地下だって、あれが始めたのだ。

 先代は、オーディルーと水面下では友好的な関係を築いていたと聞いている。ジードの父は先代の幽閉とともに降格された。

ジードが第五王子を預かることになったのは十八歳の頃だった。


 すでに彼は聡く、どこから集めたのかは知らないが、国の事情に異様に詳しかった。


 後で聞いた話だが、彼の父親である王は、彼を膝に乗せていつも恨み言を聞かせていたという。オーディルーと、この国の歴史と、そして、彼の母親をどれだけ恨んでいるかを、囁くように語るのだそうだ。

 彼はじっとただ座っている。

 いつ、両肩を強く掴む手が首に伸びるのだろうと待ちながら、彼はその話を繰り返し聞き、頭で状況を整理していたらしい。

 語り口。表現。同じ話の些細な違い。声。温度。

 それらを識別していくと、語っていない真実も見えてくる、と。


 まだ小さな子供が。

 ジードは胸が締め付けられた。先代についていたせいで、父親が降格し、一家揃って立場が地の底に落ちる勢いだったことを煩わしく思っていた十代の自分が、ひどく情けなく思えた。

 この子供を生かさなければ。

 そう強く思った。

 

 彼の語る「おおよそ真実であろう王の行動の理由」に、打ちのめされたような心地になったせいもあっただろう。


 この子が安全に、何にも脅かされずに生きていける場所をつくる。

 それがジードの生きる糧となった。

 気づけば、エルダーやレカと、守る者が増えていたが。


 



 誰もが考え込むように黙り込む中、一番に顔を上げたのはエルダーだった。月が溶け込んだような目が、ゼラに向かう。


「わかりました。では、素顔でいた方がいいのですね?」


 エルダーの言葉に、隣のレカが「あ、そっかあ」と頷く。事情を知っていたアキレアやフェーネが、その姉弟の反応をちらりと見た。


 先代のNo.1。これほど心強い者はいない。

 まさか、オーディルーの王族もここにいるとは思わなかったが、ジードにとっては状況がどう転ぼうと、するべきことは変わらない。



「ねえ、姉さん、僕らも呪与士ってこと?」

「ふふ。妙な感じね。そうらしいわよ」

「向こうの人も見てみたいなあ」

「礼儀正しくしなきゃ駄目よ、レカ」

「わかってるよ」

「――本当に?」


 ゼラがくすくすと笑って聞くと、レカは頬を膨らませて「本当です」と末っ子らしく答えた。エルダーが愛おしそうにレカの頭を撫でる。


 この姉弟が、(たが)を外さないように見張っていなければならない。

 今となっては、ゼラよりもこちらの方の舵取りの方がジードの頭を悩ませた。

 ゼラは大丈夫だ。人の数倍悪意に晒されてきたせいか、良くも悪くも精神が成熟している。

 けれど、そのゼラが育てた二人が大丈夫ではない。


「ロム?」


 エルダーが親しげに声をかける。


「なに。どうしたのよ」

「え、別に」

「ああ……私たちが呪与士と同じだから怖いの?」

「違うけど。やめてよ」

「怖がらなくてもいいのに。呪わないわよ」

「わあ、本気で笑えない」


 ジードはため息を吐きたくなる。

 三人で洋館に戻って行ったときには、ロムは帰ってれこないのではないかとも思ったが、きちんと揃って帰ってきた。それどころか、エルダーとロムの距離が不自然なほどに縮まっている。

 何をしたのかわからないが、あの気難しい、他に心を開こうとしないくせに人当たりのいいロムが、エルダーへ嫌味を混ぜて話している。

 

 ジードがちらりとゼラを見れば、にこやかな顔でそれを見守り、レカもそっくりな表情になっていた。


「……エルダー」


 仕方なく声をかける。

 エルダーがぱっとジードを見た。穏やかな顔をしているが、これはそれが本性ではない。常に内側が(くすぶ)っていて、愛情でそれを消し続けている、いつ()ぜるかわからない危ういものだ。

 そして、危ういのはそれだけではない。

 人を引き付けてしまう。元々は生来のものなのだろう。しかし、それにゼラが色を付けた。

 話すと取り込まれる。否応なしに、彼女を()()()しまう。


「なに? ジード」

「……向こうではおとなしくしておけよ」

「わかってる。ゼラ様の邪魔はしないわ」

「色々交渉ごとが必要になるだろう。治癒士であるお前たちがどういう扱いをされるかはまだわからない。目立たず、喋らず、どんなにつつかれても()()()はせず、そもそも刺激もするな。特にエルダー、お前は喋るな」

「はいはい。お兄様の仰せの通りに」


 エルダーが恭しく頷くと、フェーネが首を傾げた。


「これは偽物のお兄様よ、フェーネ」

「ああ、そうでしたか」

「家族はレカだけ」


 ロムの視線が変わった。

 どうやら、詳しく話していたらしい。ジードはこれ以上混ぜては面倒だと、しっしと手を振る。


「日が暮れてしまう前に戦地へ行くぞ」

「そうね。楽しみ。早く行きましょう。馬を使う?」

「……頼むから楽しみにするな。馬を連れてきてくれ、スラー、ロム」

「待って、私も行くわ。お気に入りの子がいるの」

「あ、じゃあ僕も」


 エルダーがそう言うと、レカが手を挙げる。不思議と、それにアキレアもフェーネもついて行った。


 灰色の庭に、暫しの静寂が訪れる。


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