31:そして扉は閉められる
灰色の庭の沈黙は、居心地が悪かった。
スラーはじっと敷石を見る。
表面上だけでも真面目に勤めていれば、誰にも文句は言われない。一生目立たずに、少し贅沢できて、人に指をさされない仕事について一人で死んでいく。それを目指した結果が、何故か第五王子の護衛になっているなど、スラーは今もどうしてこうなったのかよくわかっていない。
わかっているのは、ここへ引き込んだのはジードだということくらいだ。
下っ端の門番がえらく出世してしまった。
正直陰謀や駆け引きなど煩わしくてたまらない。休息の洋館でばたばたと人が死んだ今でも、誰が何の目的を持って何をしていたのかは知らないし、知りたくもない。一切関わりたくない。
――何も聞きたくない。
そう言ったアキレアには共感できた。だが、こいつはオーディルーの手の者だったらしい。めったにしない共感を返せ、とスラーは言いたくなった。
「そう睨んでやるな」
ゼラから言われて、スラーはハッと顔を上げた。ずれた眼鏡を押さえる。妙な顔でもしてしまったのだろう、ゼラが笑ってこちらを見た。
「お前、愛国心が強かったかな」
「……いえ」
「ああ。アキレアか」
スラーは仕方なく小さく頷く。
最初はよくわからない男だと思った。けれど、今ゼラのそばに立っている男は、背筋の伸びた「きちんとした」男だ。曲がらず、流されない、意志の強い目的を持った男だ。こちら側についた男。
そう取り込んだのだ。あの、天使のような顔をした悪魔の娘が。
それが信用できない。
「アキレア」
ゼラが呼ぶと、それは従順な獣のように「はい、殿下」と応える。
「なぜグレフィリアを売らなかった?」
スラーはぎくりとしたが、顔には出さなかった。
聞きたくないことを、今聞かされようとしている。
「――この十年間、オーディルーからの連絡は一度も来ていません。来ていたとしても、報告することはありませんし、正直、俺はどうでもいいんです」
そう言ったアキレアの顔は嘘を吐いているようには見えない。
「オーディルーに恨みもなければ、ひれ伏すほどの感謝もない。グレフィリアもそうです。売る売らないではなく、どちらもどうでもいい。そもそも、俺をここに送り込んだのは父親の独断で、物のようにしてこちらに運ばれてきました。普通の子供であれば死んでいたでしょう」
「それでも恨んでいないと?」
「はい。使命感も全くありません」
ゼラがくすくすと笑う。
「そうか」
「俺は運ばれてきた荷で、送り先でさらに城へ送られた。そこで生きていけと言われたので、生きていけるように順応した。それだけです」
「お前に似ているね」
ゼラから言われて、スラーは何ともいえない顔で「そうですかね」と返したが、ゼラは笑うばかりで、ジードも口元だけで笑った。そういえば、隠しても無駄だった。もうすでに「護衛のゼラ」には同じような思考回路であることはバレている。
仕方なく、会話に参戦することにした。
ゼラの目が「お前の役目を果たせ」と言っている。
「――本当に連れて行くおつもりですか?」
スラーは問いかける。
何故か「諫める」という役割を振り当てられてしまって、いつも「それでいいんですか」やら「それはいかがなものかと」やら言いたくもないことを言わされている。
必要な役目だとはわかっているが、スラーは心底嫌だった。
わかっているだろうに、ゼラが満足そうに笑う。
顔を見ていることが未だに信じられないが、やはりまだ十五の少年なのだと思う一方で、ひどく納得する自分もいた。これが、自分が仕える主なのだ、と。
「ああ。連れて行く。信用のおける人物だからね」
「危険では? 戻りたくなさそうでしたけど」
「いいや。彼はどんな顔をして戻ればいいのかわからなかっただけだよ。こちら側は動きを強制はしないと約束しただろう? 向こうで何をするにも彼の意思が最優先だ。彼は危険ではない」
「……あなたの治癒士は、どうですか?」
ああ、面倒くさいものに触れたくなどない。
スラーの言葉に、ゼラは褒めるように微笑む。
「なぜ、そう思う?」
「彼女は何をするかわからない。理由はわかりませんが、そう思います。意思が見えてこない人形のようだ。気味が悪い」
思わず本音がこぼれた。
フェーネがちらりとこちらを見て、ハッとする。
「可愛い人形だろう?」
ゼラは美しく笑っていた。
「彼女は私が選んだ。どうしても私にも治癒士をつけなくてはいけない状況だったらしく、仕方なく、予備からくれたんだよ。連れられた所で、首がへし折れた子供の死体を見送った時に思った。貰えるのなら、丈夫なのがいい。きっと、父は一度しか私に治癒士を渡してはくれないだろう。だからじっと耐えられる物を選んだ。それがエルダーだ」
無邪気な子供が言う。
「あれは私のためなら何でもする。そして、私を言い訳にしない。命令も必要ない。そう育てた。可愛い――とても可愛い人形なんだよ」
○
――残念なことに愛されてはいないんだね。
ロムの目は純粋に煌めき、同情よりももっと澄んだ感情でエルダーを見ていた。敵意ではない。
「……どうして、そう思うの?」
エルダーが尋ねると、ロムが「ふっ」と愉快そうに笑う。
「だって、そうなんだもん。愛していたら、そんな扱いはしないよ。君、気づいていないだろうけど、都合よく使われてる。君の愛情は利用されてるんだよ」




