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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――殺されたNo.19――
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30


 レカはロムに気を許したフリで、無防備を装って話に乗っかった。それもとても上手に。


 実のところ、レカと似ているのは髪色だけだとエルダーは思っている。


 父に似ているのか、母に似ているのかも知らない。

 本当はどこで生まれたのかも知らないし、実は姉弟ではないのかもしれない。気づいたら二人で身を寄せ合うように路地にいた。ゼラの言葉を借りるなら、オーディルーに近い「正しくない」場所だ。


 その時、エルダーは失敗した。

 果実を盗んで走って逃げているときに、人通りの多いところで追いついた男に蹴り上げられたのだ。吹っ飛んで壁にぶつかり、血を吐いてその場でぴくりとも動かない子供を、誰もが死んだと思っただろう。けれど、エルダーは()()を本能的に使ってしまった。路地の向こうにはおなかを空かせたレカがいる。むくりと起きあがって、更に逃げようとしたエルダーを、男は何かを叫びながら捕まえた。

 それから地下に放り込まれるまで、たった一週間ほどだったと思う。


 路地で生きてきたエルダーには、放り込まれてくる「普通」の子供らの絶望が理解できなかった。

 確かに地獄だったし、実験はとんでもなく悪趣味だったが、雨風がしのげるのならじっと座っておけばいい。様子を見に来る兵が、食べ物だって置いていってくれる。

 殺し合っている彼らは、不思議とエルダーには手を出してこなかった。不気味だったのだろう。

 



「じゃあ、レカくんは保護されたの?」


 ロムがほっとした様に胸をなで下ろす。


「はい。姉さんの方に走っていこうとしたら、顔見知りだった人が、僕を止めたんです。見ていられなかったらしくて、そのまま孤児院へ。それから……どれくらいだっけ?」

「半年よ」


 エルダーは答える。

 エルダー達のいた町の中からレカを探し出し、ジードの遠縁の家の養子に。そうして偶然会う機会を何度も作り、世話役とするまで、たった半年。


 当時八歳のゼラが、ジードと共に動いてくれた。

 再会できるまで、与えられた穏やかな日々の中で、礼儀作法を学び、一緒にお茶を飲み、食事を共にして、夜はいつも「大丈夫、もうすぐ会えるよ」と励ましてくれた。エルダーは夜のほんの隙間にだけ、よく泣いた。

 地下に放り込まれた子供たちの絶望を知った。

 あたたかな布団の中で、手をつないで不安を解かされると、自分が弱い生き物であることを許されたような気がした。ひどく安堵すると同時に、ゼラを決して一人にしないと誓った。


 

「ゼラ様はまだ八歳で、僕は七歳。僕はただ息を潜めて、心像(イメージ)を使わないようにしていただけなのに、あの人は違う。誰かのために動ける人なんです」

「ああ……うん、よくわかる」


 ロムが深く共感する。

 レカはじっとその横顔を見て、ロムと目が合うと優しく目を細めた。

 ロムの事情は聞かない、としたレカを、ロムは笑顔で感謝を示す。


「あの人といると迷わないんですよね。そこが、僕はとても落ち着く」

「あ、それもわかる」


 和やかな会話の行き着いた先は、地下への階段だった。物置のような扉を開けると下からむっとした湿気た空気が頬を撫でる。その気配に、既視感があった。

 ロムがエルダーをちらりと見る。


「ごめん、エルダーちゃんは待っといた方がいいと思う」


 つまり、ここも予備の収容所だったところらしい。

 平気よ、と言う前に、レカが先に一歩入った。


「僕が取ってくる。姉さんはロムさんと待ってて」

「レカくん、降りて一つ目の部屋。ごめん、お願い」


 頷いたレカが、暗い階段へ吸い込まれて行く。

 カツカツと靴音が響くその音が、エルダーの何かを刺激する。


 石壁で仕切られた扉も何もない小さな部屋が、廊下を挟んで六つほど並んでいる。あるのはベッドだけ。上から人が来るのは、誰かが放り込まれる時と、死体を回収されるとき。部屋で岩のようにベッドの上に座っているエルダーの生死を確かめようとするので、その時だけ、相手を見た。仮面を付けた兵士が、ぎょっとする動きをするのが可笑しくて笑えば、彼らは急ぎ足で出て行った。果物が階段を転げ落ちてくる。




「小さい頃から殿下とずっと一緒だったの?」


 ロムから聞かれ、エルダーはため息をこれ見よがしに吐いて「そうよ」と答えた。


「殿下を愛してる?」


 無邪気に聞いてきたその顔を、エルダーは視線だけで見る。


「さあね」

「えー、ちょっと納得できないなあ」

「何を言っても納得なんかしないでしょ」

「そう?」

「愛してるって言えば、愛は裏切る可能性に満ちてるって言うだろうし、愛していないって言えば、愛してもいないのに大事にされるなって言うに決まってる。だから答えは、さあね、よ」

「賢い」


 ロムがわざとらしくおどける。

 エルダーは口元で笑った。


「面白い人ね。あなた、お茶会の時にこう言った。敬愛する殿下、って。その口で、ここに安全な者は一人もいないとも言ったわ。正確にあの人のことを分かっている様子なのに、それでも恋い焦がれてるみたいに崇拝してる。聞かせて。あなたは()()()なの?」

「どういう意味?」


 ロムがじっとエルダーを見る。

 もし彼に心像(イメージ)が使えたなら、すでに殺されていることだろう。

 エルダーは想像しておかしくなった。くすりと無邪気に笑って、訝しげにこちらを見るロムに答える。


「ああ、ごめんなさい――あなたは安全なんだとは思うわ。ジードがあの人の側に置いている。あの人もあなたを必要としている。それだけで安全であることはわかる。でも、大丈夫かどうかは別でしょう。フェーネもそうだけどね」

「フェーネくんね……それを出されると、なんかわかっちゃうなあ。つまり胡散臭いんだよね?」


 エルダーが頷くと、ロムは「じゃ、仕方ないや」と納得した。同時に、何かを思い出したように表情がパッと明るくなる。


「ね、彼はNo.19と身体の関係があった、と言ってたけど、あれは?」

「嘘よ」

「なんだあ。君は、殿下のためなら何でもできるタイプ? 言われたことは、何でもするの?」

 

 それを問う目は、純粋な好奇心が全面に出ている。


「ゼラ様から何かを頼まれたことはないわ」

「あー」


 ロムが腑に落ちたように頷き、笑って言った。


「君、凄く幸せそうだけど、残念なことに愛されてはいないんだね」


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