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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――殺されたNo.19――
3/136

3



 エルダーは静かに動いた。

 膝をついたまま顔を上げると、その穏やかな顔にかかっていた豊かな青白い銀髪が肩に掛かる。小さく振り返ると、一人、椅子から立ち上がった治癒士がいた。

 あの椅子に座っていたのは――


「……No.18、君が?」


 頭上から声が振ってきて、エルダーはパッと顔を伏せた。

 王子の興味はすでにエルダーにはない。


「そうです、管理者様」

「理由を話す?」

「ええ、その機会をいただけるのなら」

「いいよ」


 軽やかな声は明らかに楽しんでいる。

 

「ありがとうございます」


 No.18はその場に立ったまま、告白を始めた。


「No.20の言うように、No.19は中央から休息の館に来る道中、様子が変でした。彼女はそもそも今までだって誰とも話をしようとしなかったのですが、酷く興奮している様子で殺気が漏れていた。わたくしは同じ馬車でしたので、ずっと恐ろしかった。あれは好戦的で危険な人でした」


 エルダーの戸惑いに気づいたように、彼女はうっすらと笑った。


「あなたは、人がいいから……別の馬車に乗っていてもNo.19を気にして、休憩の度に何度も様子を見に来てくれたこと、わたくしはとても感謝しています。あの馬車の中で、あれは塞ぎ込んでいたわけではいませんでした。自分から漏れ出る殺気を抑えようと努めていたのだと思います。恐ろしかった」


 ほんのり震えた声がNo.19を「あれ」と呼ぶ度に、談話室の足下から緊張感に似た何かが押し上げられていく。


「昔から――人を威圧させる者でした。何を考えているのかわからない。話すらしない。戦地にいるときはご機嫌で、休息の館に戻って来ると、交代で戦地に出る治癒士に、羨ましい、と不躾な言葉を投げることもありました。休暇をいただいて中央へ戻るときはもっと不機嫌で、こうしてここへ戻って来るときは、おぞましいほど機嫌が良かった。わたくしは知っています。あれは人を癒せるタチではない」

「君は」


 黙って聞いていた王子は、不思議そうに彼女に尋ねた。


「君は、もう死んだNo.19がどれほど悪い人間だったかを語りたいの?」

「!」

「君が()()を殺したという話はまだかな。もしNo.20をかばって時間稼ぎをしているのなら、そろそろ止めねばならないが、どうしようか?」


 エルダーは頭を下げたまま、その赤い椅子から発せられるプレッシャーに耐える。

 無邪気で残酷で、けれど決して驕っていないどこまでも聡明な、異質な空気。

 これが人の上に立つ者であるという気高いそれを前に、ただの道具は為す術もない。



「殿下」



 それでもエルダーは口を開いていた。

 誰かが喋らなければ、この空気に飲み込まれてしまいそうだ。

 飲み込まれて、そうして、この場で一言も誰も話せぬままにただひれ伏すしかなくなる前に、どうにか状況を変えたい。


「なに、エルダー」

「……、殿下に名を呼んでいただけるなど、光栄です」

「綺麗な名前だからね。で?」

「はい。No.18に尋ねたいことがあります。許可をいただけますでしょうか」

「仕方ないね。許そう」

「……顔を上げても?」

「その覚悟があるのなら」


 死ぬぞ、と言われているのだろう。

 王子や護衛の前にではなく、治癒士の前に素顔を晒す。

 もしNo.18がその気であれば、いつもフードの中で伏せて足元しか見ていない視線を上げ、すぐにエルダーを殺すことができる。


 それでも躊躇うことなく、振り返って顔を上げた。

 美しい銀髪が波のように柔らかにうねって輝く。

 エルダーは清らかな微笑みを浮かべていた。


「この姿でははじめまして、No.18」


 穏やかな声で話しかけてきたエルダーに驚いているように、三人は身じろいだ。

 立っているNo.18も、座っているNo.16とNo.17も。


 素顔を見られている。

 三人がいつでも力を使うことができることをわかっていても、エルダーの表情は変わらなかった。王子に背を向けて跪いたまま、まるで親しい友に語りかけるように続ける。


「あなた、心像(イメージ)を昨夜使ったの?」

「……え」

「私は無意識だったけど、使ったんだと思うわ。使うには相当な集中が必要で消耗するけれど、ほとんど眠りながらだったから実は覚えていないの。あなたはどう?」

「使い、ました。明確な意志を持って使いました」

「そう。馬車の中で何か言われたの?」


 エルダーの問いに、No.18は喉をひくつかせた。

 その仕草で察する。

 彼女は怯えている。


「脅されたのね――私と同じように」

「ですから、目を。二度と見ることができないように、目を潰しましたわ。眼球を手で握って、ゆっくり。破裂させる心像(イメージ)を使いました」

「大丈夫よ、No.18。それくらいでは死なない。さあ、もう座って」


 エルダーは立ち尽くす彼女に向かってそっと微笑む。


「殿下。やはり私です。私が」

「いや」


 エルダーが再び王子の前で頭を垂れようとする前に、()()()()()が止めに入った。

 No.18ではない。

 その隣に座っていた白いローブがゆらりと動いた。



「名乗り出るのが遅くなって申し訳ない。No.19を殺したのは俺だ」



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