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エルダーはじっと休息の洋館を見上げた。
灰色の庭に全員が出てきているが、あの中には死体が転がっているままだ。
ふと思い出して、エルダーはジードに尋ねた。
「No.20の死体はどこに置いてあるの?」
「レカの心像で朽ちさせた。骨は砕いて水路から流してある」
「大変そう」
「いや、しつこいくらい細かく切断されてたから運びやすかったぞ」
「ふ、そうなの?」
フェーネに聞くと、穏やかに微笑まれた。
「じゃあ、この中にいるのは一人だけね」
洋館を見上げるエルダーの隣で、レカも同じようにじっと談話室の方向の窓を見る。
その頭を撫でると、すぐに照れたようにはにかんだ。可愛くてたまらない。エルダーが無心で撫でていると、レカがはっとしたようにゼラを見た。
「もうこちらを発たれますよね? ちょっと処理しなければならないものが残ってるので、取ってきます」
「どうした」
ジードが聞くと「ローブですよ」とレカが言う。
「No.18のローブ。あれだけを残しておくのはマズいかと」
「ああ……ロム、どこに置いた?」
「あっ、えーと」
ジードに聞かれたロムがあたふたするので、エルダーはその腕を取った。
「行きましょう、ロム様。案内してください」
「え」
「ゼラ様。三人で行って参ります。少々お待ちを」
「――ああ、気をつけて行っておいで」
にこやかに手を振られ、エルダーは灰色の庭から出て、死のにおいのする「休息の洋館」へと軽やかに戻る。
○
「もしかして、殺される感じ?」
入って早々、ロムがふざけて言う。
その割には帯剣している腰の近くに腕があるので、あながち冗談ではないのだろう。
「ロム様。私たちそんなこと致しません。信用していただけるように、これから頑張りますけど……悲しいものですね」
「ちょっと、ごめん、エルダーちゃん、そのしゃべり方怖い」
「ふふっ。面白いですよねえ」
レカがからからと笑う。
エルダーとレカに挟まれて、ロムは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「いやあ……生きた心地しないな」
「あら、どうしてよ」
「どう考えてもそうでしょ?」
ロムがため息を吐き、剣から手を離す。
「エルダーちゃんが完璧に擬態していたのもそうだし、君、たぶんさっき殿下が言っていた予備の一人だよね?」
「あら、詳しく知りたいのなら教えるわよ」
ロムはすぐに両手をあげて「そういうつもりじゃないよ」と首を横に降る。そして、レカをちらりと見た。
「え、と。何か?」
「んー、いやあ、君があの黒いローブを着ていたんだなあと思って。フェーネくんも言っていたけど、本当に殿下のフリがうまいね。背格好は……もしかして寄せてるの?」
「心像で、ですか? 寄せてはいませんよ。ただ、僕が七歳の頃からお世話になっているので、自然と身体がそうなってるのかもしれませんね」
素顔のままで話すことがどこかくすぐったいのか、レカは嬉しそうに話している。エルダーはそれを見守りながら、ロムの剛胆さを薄気味悪く感じた。
治癒士二人に挟まれているのに、一切警戒していない。
殺されるの、と聞いてきた割には、怯えなど一切ないのだ。
エルダーは和気藹々と話す二人の会話に耳を傾ける。
「ふうん、じゃあ本当に小さい頃から入れ替わってたんだ。全然わからなかった。殿下のふりなんてドキドキしそうだよね」
「してますよ」
「えー、本当? かなり本物っぽかったよ?」
「僕、ゼラ様のことが大好きなんです。不名誉になることはできなくて……立場のない僕が失礼なことをしている自覚はあるんですけどね……手が抜けなくて」
「それが殿下を守ってきたんだろうねえ」
ロムがにこにことレカを肯定する。
「興味本位だけど、聞いていい? 今回はどことどこで入れ替わってたの?」
「今回というか、ここへ来て一年ですが殿下が黒いローブを着たのは一度きりですよ」
「それって」
「はい。あの朝です。姉さんたちが到着して二日目の朝。あの日だけは、さすがに僕に代打はできませんので。その前も後も、ずっと護衛として過ごしておられましたよ。自由に動けるから、と」
ロムが「うわあ」と頭を掻く。
「やっちゃったかも。ほら、世話役の子って、城にいるときは名前も教えてくれないし、喋ってもくれないし、ここに配置されてからようやく名前で呼べるようになったから、かなり構っちゃったんだけど……あれ、殿下かあ……」
「あれ、殿下です。喜んでいらっしゃったみたいですよ。みんな愉快だと仰られていましたし」
「レカくん、信じるからね」
「ふふ。大丈夫です」
レカが穏やかに会話を続ける。
エルダーは黙ってロムについて行く。どうやら地下へ向かっているらしい。モナルダのローブをそこで脱がしたのだろう。
「あのさ……殿下は、レカくんに優しい?」
ロムが好奇心を抑えられない様子でこっそりと聞いてきた。
「優しいですよ。とても愛情深い方です」
「ああ、わかる。非情になれるところが、愛情に溢れている気がする。あと、なんだろう……少しでも話すと、ふらーっと寄って行ってしまうような引力を持ってる人だよね。救世主、みたいな」
ロムがうっとりと口にする。
決して否定してはならない。
エルダーの本能がそう警告していた。彼の忠誠心を踏みにじるような言動は許されない。それに触れようものなら、その上品で気ままな友好的な仮面が内側から食い破られていく。そんな気がした。
レカは何度も頷く。
「わかります。僕にとってもそうですよ」
「へえ、そうなの?」
「はい。ゼラ様は、僕を助けてくださいましたから」
レカはロムと同じように、大切な思い出に触れるように顔を綻ばせる。
「姉さんだけではなく、僕のこともそばに。最初は隠していたんですけどね、それでも、治癒士の能力を見抜いてくれた。あのときは、凄く、救われた気がしました。感動したなあ」
幼い笑みだった。
思い出を懐かしむ表情は純真そのものだ。ロムが「そうだったんだね」と寄り添うと、レカは嬉しそうに、ロムが知りたがっている情報を与えた。
無垢な笑みでロムと打ち解けた弟をそっと見守る。
エルダーはよく知っている。
レカを育てたのは、他でもないゼラだということを。




